4-8.『神様』の『答え』Ⅱ

※今回も前回と同様、ムネモシュネ視点から展開されていきます。

※念のため記載させていただきますが、この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。



 第一の目的はつい先ほど達成されたが、ここで浮上してきた問題は解決することになっている。

様々なやり取りがなされていた訳だが、とりわけ気になっているのは――。


「さて、きっとこれが最後になることだろう。

ネムちゃんとの終わりを想像するかもしれないが、それは間違った考え方だ。

なぜなら、俺達の新たな計画は始まったばかりなのだから」


「そうね、ゼウスが色々言っているのは気持ち悪いけど、ムネモシュネちゃんになら手を貸したいわ」


「おうよ! 計画の行き着く先にあるものに、オレっちも賭けてみるぜ。

いい世界が当たったら、一番にオレっちを訪ねてきてくれよな! 待ってるっすよ~」


 特に絡んできた二人が大声で反応を残してくれた。

敵側の時の冷淡さは凄まじかったけど、味方側にいる時の安心感たるや。

本当に仲直りできて良かった。心の底から思うのだった。


「さてと、本当に正真正銘、最後の問題を片付けてしまおう。

元からここにいた者は周知の事実だが、一階層住みだったネムちゃんは知らなかった事実だった。

そう――あの計画が終わった件について」


 そうだ。思い出した。

計画、つまりは、きっとあの悍ましい計画のことを指しているのだろう。

あれに加担したのは私の意志ではなかったとはいえ、関わってしまった以上、責任は取らなくてはならない。

そう思ったのも、オズに愛情を注ぐことになった理由の一つだったのだ。


「あの計画とは、世界滅亡計画。

文字通り、雲の下に広がる、『今』では人類達が生活している下界を、その人類諸共滅ぼしてやろうという計画のことだ」


「『今』思うと、私達って相当気持ち悪いことしてるよね」


「ほんとほんと」


「趣味悪いの一言に尽きるっていうか。

場合によっては、滅ぼそうとしてた人類よりもね」


「言えてる言えてる」


「全部当たっているから、テキトーに笑顔を向けることもできないが、とにかく『神様おれたち』にも人類側に思うことがあったんだ」


「でも、この計画は……」


「あぁ、綺麗さっぱり終わらせようとした。

でも、実際にはそう上手くいかなかった」


 苦しげな表情が、一気に顔を支配していく。

やるせない思いは、未だに消化できていないのだろう。

長い長い悪夢を見ている。或いは、冷や汗を掻き、不安と自責の念に溺れている。

どちらにせよ、愚かしく、それでいて美しい咎人のような感情を、ゼウスの表情からは感じ取ることができた。


「一体どんな風に滅亡に追いやる気だったんですか?」


 世界は言うても広い。

『神様』それぞれに与えられた権能を使えば、蹂躙するのは時間の問題かもしれないが、それはそれで手間と時間がかかりすぎる。

体力が無尽蔵にある訳でもないのだ。

仮に、家に籠っている『神様』が、一地域分担当させられたら堪ったものではない。

それに全員が全員、攻撃に特化した魔法を使える訳でもないのだ。

精神異常系による破壊は、わりかし困難を極めるのではないだろうか。

 真剣に考えてみたが、それなりに興味が湧いてきた。

どのような手法を用いたのだろう。


「ネムちゃんも下界を統べていた時があったよな」


「あぁ、ありましたね。大昔の話ですけど……」


「そう、一部の『神様』は、下界を支配していた。

その数、全部で十柱。なんでだと思う?

手掛かりは『今』も尚、残されている」


 そう言うと、整った口元で何事か囁き、一度指を鳴らした。すると、空中に何かが浮かび上がった。


「これは、王都?」


「そうだ、この王都をよく見てごらん。

ここに『答え』が隠されている」


「『世界の黄金郷メディウス・ロクス』があって、城壁に囲まれていて、それで、城壁から通りが伸びて……って、アレ?」


「気付いたか?」


「これ、塔へと続く道も十本になってるじゃないですか! まさかこれ……」


「そうだ、大正解!

この十本の道は元々、『神様』と『神様』の領域を分かつ、のさ」


「でも、『今』は行き来が可能ですよね? 何でなんですか?」


「そうなんだ。

これが『神様』が人類に見切りを付けることになった一つの事件――『風光の壁パリエース』崩壊事件に繋がってくる」


「『ぱりえーす』……。知っているような、知らないような……」


「無理もない。多分計画の頓挫によって、一部の『神様』の記憶からは抹消される措置になった筈だ。

その対象になっただけの話だろう」


「そうだったんですか。で、その『ぱりえーす』とは何なのでしょうか?」


「この壁は、境界線上に建てられていた、超常的かつ物理的なものなんだ。

簡単に言うと、そこを無断で通れば、精神異常を起こすような、実態をもつ壁と言った感じかな」


「ヒエッ! でも、人類はそれを壊したと」


「そうさ。それだけの負荷をかけるほどに壊されたくなかった距離感だったんだろう。

それを人類達は自分らの利益のために破壊した。

その中にはきっと精神異常をきたした者もいただろうな。でも、彼らは止まらなかった。

そして、ついには跡形もなくぶっ壊し、その地の支配を無許可で行い始めたのさ」


「それは……」


「まぁ、この下界自体、元々ここにあったってだけで誰の物でもなかったんだがな」


「…………」


「『神様』側は滅ぼすことに決めてから、沢山の人類の顔を見た。

喜んでいる顔に、怒っている顔。悲しんでいる顔に、楽しんでいる顔。

彼らは感情豊かに、非力ながらありきたりで、でも温かな日々を送っていた。

最初に開拓をした存在は、あまりに粗野で、自分達のことしか考えていないのかと思っていた。

それでも、それも無力さ故の強がりで、その裏には家族を守りたいとか、平和に暮らしたいとか、そんな俺達が思うような感情が根底にあったんじゃないかなと、皆して思うようになったんだ。……なぁ?」


「あぁ、そうだったっすね。

なんていうか、必死に生きる様子はみっともなく見えてしまうこともあるんすよ。

でも、そのみっともなさが愛らしいっていうか、見守っていてあげたくなるというか……」


「そうね。皆、私達と同じように恋をすることもあって、この気持ち悪いゼウスがするような恋なんかじゃない、綺麗な恋慕が沢山見られたのが印象的だったわ」


「彼らはよく見て、よく学ぶ種族だった。

考えることに長けていて、日に日に発展していく都市の様子に感激させられたのを覚えているな」


「あと、彼らは自分や環境を綺麗に保とうとする意志があるんだよね。

毎日水を浴びて、身を清め、家の中の掃除をおこたらない。

時たまなまけているのを見かけたけど、それも愛嬌を感じてしまったなぁ。

私自身、いつも真面目に生きようとし過ぎて疲れてしまうことも多いから、彼らの行動には学ぶところがあったんだ」


「そうだなァ! 俺は、自己研鑽に余念がない様子に惹かれたンだッ!

彼らは己の非力さを知っている。

だからこそ、日々鍛え、筋肉を育み、来るべき最愛の人の危機を守ってあげられるように努力を続けていたンだよッ!

が立派になっていく姿は、俺、涙なしでは見られなかったぜェ」


 全員が全員、即答級の早さで人類を賞賛していった。

これはなかなかできることではない。

彼らが一人一人の目を通して、人類を見つめた成果なのだろう。


「す、凄いです……」


「ハハ、そうだろうさ。

……こうやって彼らは生かしておくべき種族だということを理解した俺達は、滅亡計画の取り止めを決定したという訳だ。

でも、問題はそう簡単に済む話ではなかった」


「え」


 そこで一旦、誰もが閉口の一途を辿る。

皆の顔を覗き込むも、誰もが暗く落ち込んだ顔をしていた。


「何が、何があったんでしょうか……?」


 純粋な疑問だった。ここまで聞いたなら、もう残らず全て教えてほしい。

私の懇願する顔に、ゼウスは目線を下げたまま、顔を横に振った。


「……やっぱ。この話はここまでにしよう。

なんだっけか。……あぁ、そうそう! どうやって滅亡に追いやろうとしたかって話だったな!

えぇと……『幻の十一柱目』がいるということは、恐らくその前にはどう続いてきていたと思う?」


「え、えっ? 『答え』は? え?」


「いやいや、だから!

『幻の十一柱目』がいるってことは、その前はどうだったかって聞いてるじゃない?」


 こんなに汚いはぐらかし方が、これまでにあっただろうか。

どれほど知られたくない事柄なのだろう。その気になれば、本来の権能の戻った私の力で、見ることも可能だけど……。

まぁ、いいか。とりあえずは、ゼウスに踊らされよう。話を聞いてくれる雰囲気でもない。


「十一がいきなり来ることはないだろうから、十柱の『神種ルイナ』がいるということで大丈夫ですか?」


「おお! 大正解だ!

で、その十は、さっき出てきた十と対応する。

つまりは、十分割された世界と、その『神種ルイナ』が対応する。

そこに滅亡を紐づけると……」


「まさか、『神種ルイナ』が死ねば――そこに対応した世界が滅亡する⁉」


「そう、それこそが世界を滅亡させる算段だったんだよ。

他にも色々とややこしいことはあるが、一旦はこれで勘弁させてくれ」


「十分すぎるほどに知ることができました……」


「それは良かった」


 本当に十分すぎて、何から考えていいのかわからない。

でも、一つ嬉しかったことがあるとすれば、オリュンポスの名を冠する神々でさえも、人類に対する気持ちが私と同じであるということ。

これは大きな進歩になり得るだろう。

私が人類側の信頼できる人にこのことを伝えられればの話だけど。


「人類を良くも悪くも知らなかった俺達が、彼らを滅ぼそうとして近付いた時、その内情を知った。

こんな皮肉がよくもまぁあったものだよ。

でも、知ることができたから、あの計画は中止になったんだ。

こんなものでわかってくれたか?」


「……はい。あの、ゼウス」


「何かな、ネムちゃん」


「あの、その、『神様わたしたち』って、人類達かれらとわかり合うことができ」


(パンッ!)


 言葉の途中、私が入ってきた入口付近から何かが発射される音が聞こえた。

意識の糸がプツリと切れる。

途端、床が迫ってくるような恐怖に全身の震えを感じた。

そのまま、立っていた体勢で大理石に倒れ込み、気を失ってしまった。

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