2-19.大作戦の行方
次第に暗さが増す、逢魔が時。
中央から北西の
『手柄先取り大作戦・改』を決行してから、はや三日が経過。依然として手柄競争で先手を取るには至っていない。
もちろん何もしなかったという訳ではなく、寧ろ手段が固まったことから、より活発に動くようになった。
ある時は酒場での口論を、ある時は広場での乱闘をと、とにかく時間の許す限りそこら中で事件を探し回っていたのだ。
来る日も来る日も奔走し、合計で六度の
しかし、一度目は焦ってしまい目を向けること自体できずに失敗し、二度目、三度目は尋常ならざる速さに対応できず失敗、四度目、五度目、六度目は目を真正面から捉えることができずに失敗するという何とも不甲斐ない結果に終わっている。
元々の難易度が高いことは重々承知の上だが、まさかこれだけ
そして、先日、また新たな問題が一つ浮上した。
急遽湧いて出てきたものであり、俺たちもどうしたものかと頭を悩ませたものだ。
「まさか、治安貢献度にはちゃんとした指標があったなんてな」
治安貢献度――これは、通常時における、『我世』構成員の事件解決率を表したものだ。
名前のみが世界の人々に明かされていたのだが、つい最近その基準となる指標が存在することが公の場で発表された。
これの何が問題かというと、エラーの事件解決数が部隊長解任を帳消しにするために必要な数の目安にもうすぐ到達してしまうことが発覚したことだ。
歴とした部隊長だった時のエラーは、今のように事件解決のため都市中を駆け巡ることもなかったのだという。
今こうして満身創痍になりながらも人々の平和のために戦っているのは、部隊長解任の件が大きく関わっている。
これまでの行動を鑑みて、そのことは言い逃れのできない事実であることが推測されるのだ。
要するに、俺たちにはもう時間がないということ。
具体的な数を言おう。この数が熟される前に手柄を先取りしなければ、俺の修行相手は霧の中ということになる。
――エラーが解決しなければならない事件の数は、残り一個だ。
正確に言うと、今日で残り一個というところまで来てしまった。
先ほど事件を取り逃し、数を確認して絶望したのは言うに及ばない。
俺たちは絶対に次の事件の先取りに失敗する訳にはいかない。
だから、少し根回しをすることにしたのだ。
これは、正々堂々なんていう綺麗事を言っていられる段階ではなくなってきている。
このままじゃ俺はあいつとの『目標』も『約束』も果たせなくなっちまう。
そんな思いから、アナが提案してきたのを受ける形で、手を打つことにした。
アナが協力者に頼むことで、作り上げた設定はこうだ。
――俺たちが立っている、カーヌス通りでは今から数分後に窃盗事件が発生する。
紫の装束を着た女性が、
それに呼応し、女性が叫び声を上げることでエラーを呼び出す。
エラーはこの時間、事件の有無に関わらず、ド真ん中に
だから、角度も正確に予測することができる。
そう、俺たちはここまでで万全の体制を築き上げたのだ。
主にアナが俺のためを思って尽力してくれた。
俺はオズとのことをアナとは共有している。
毎晩のようになぜエラーと話したいのかを尋ねてくるものだから、それは話さざるを得なかった。
大切な人のため、なんだねぇ。ぼそっと呟かれた一言が独り歩きして、心臓がつままれるような心地がした。
思わずアナの方を向いた時、アナはチラチラと
その時何を思っていたかはわからない。でも、きっとアナにも――。
そのまま俺たちは、再び言葉を交わすこともなくその日を終えた。
次の日からはいつも通りなアナが戻ってきていて、安心したのを覚えている。
✕✕✕
予定された時刻までものの一分ほど、事件の発生が刻一刻と迫ってきている。
前方から紫の人影が現れた。
ゆったりとした歩幅を取ってこちらへと向かってきていた。
俺も所定の位置まで移動して、会敵の瞬間を待つ。
犯人も定刻通りに登場し、いよいよ最終決戦の幕は上がった。
心拍数と体温が比例して、上がっていくのを感じる。ジワリと汗が滲んでいく。
五メートル。二人の顔がハッキリと見えた。
女性はさも用事があるかのように、澄ました顔つきで歩みを進める。
犯人役はいかにも悪そうな顔をして、身体を左右に大げさに揺らしながら近づいてきた。
三メートル。二メートル。ここで、犯人役が大きく動いた。小走りになり、煌びやかなバック目掛けて手を伸ばす。
俺は身体を都市の中央に向け、瞬間移動してきたエラーを捉えんとする。犯人役がバックをその手に掴んだ。
突発的な風が吹き荒れ、エラーが
――中央じゃない⁉
脳みそが迷子になる。アナが間違えたって言うのか。あり得るかもしれない。
そもそもこんな俺の願い、彼女に叶える義理などないのだから。
あぁ、終わっちまったのか。オズからもらった『目標』も初めて結んだ『約束』も果たせずじまいで諦めるしかないのか。
…………いぃや、まだ諦めたくなんかない!俺は、終われない理由を知っているから。
『勝ち』がどれほど重くて、かっこいいかを他人より少し詳しく知っているから。だから。
――無理だなんて、言わないんだよっ‼
その時、俺の双眸が強く輝きだした。その光はエラーをも巻き込んで、全てを包み込んだ。
エラーの伸ばされた手は空を切り、地面へと身体は打ち付けられる。
二点に集まるようにして、光が収束する。俺の両の眼に何が起こったって言うんだろうか。
自体が呑み込めないまま、眼前に広がる光景を見て目を疑った。
「
俺たちで協力して手柄を
なぜ、アナが手柄を献上する必要があるのだろうか。
俺は出るはずもない回答を考えながら、その場に呆然と立ち尽くした。
試験当日まで、残り三十一日。
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