1-5.真の計画

 勢いのままに身体は石畳に打ち付けられる。跳ねる度に、鮮血が飛び散っていく。

受け身なんかする暇もなく、いや受け身をする力も元々残されていなかった。

ただ揶揄からかわれ、玩具にされただけだった。

これが、ドラゴン。わかってはいたが、やはり勝てなかった。


「おい、うそだろ……」


 ようやく出た言葉は平凡で、ありきたりで、最もわかりやすい言葉だった。

ザビは死んでしまった。

自分を通して、エクを守って、王と自覚して、その覚悟をもって死んでいった。

 未だドラゴンは健在。次なる攻勢に出るために、その巨体を揺らし始めている。

その時だった。


「…………なーんてな! あぁ、やっとザビを消すことができた。

僕の願いは果たされたんだ!

アーハッハッハッハッハッハ‼」


 まだあどけなさが残るものの、凛とした気品を持つ青少年の声。

そうこの声の主は、エクだった。

今は狂気の方が勝り、気品を持つと言い切れるかは難しいところだ。


「僕は嫌だったのさ、自分に不利益が被るのは。

だから、全部かぶってもらった。

あのどこまでもお人好しな、バカなザビに‼」


 突然語りだしたエクに、周囲は置いていかれる。

ザビの死にまだ納得のいっていないロビが、思わず事の詳細を尋ねる。


「一体全体何をおっしゃっているの、エクお兄様?」


 この議論は長引きそうな雰囲気を帯びているが、ドラゴンには全くもって関係のないこと。

疑問符で頭が埋め尽くされているというのに、ドラゴンは戦いを終わらせにかかる。

下卑た笑みを浮かべながら、自分を見つめるエクに、最初の標準を合わせる。

その思考に至ったら即座、距離を一気に詰める。0.5秒の視線の交錯。空気がビリリと震える。


「『分身アバター』」


 エクから宣言されたこの言葉に呼応して、辺りの空間が歪む。

そして、そのひずみから

その数は0.1秒毎に2、4、16と倍加されていき、あっという間に大広間フロアがエクで埋め尽くされた。

 一瞬ドラゴンに動揺が生まれたが、即座に正気を取り戻し、増えたエクを消し飛ばす。

もう残りの数も少ない中、汗一つ掻かず次なる能力を発動する。


「時間をくれて、ありがとう……『聖光の矢ホーリーグレイブ』」


 ドラゴンを取り囲むようにズラリと並んだ光の弓矢が、一斉に標的めがけて発射される。

驚異的な反射速度で躱そうとするも何発かは食らってしまった竜。

命中したところは腐ったような傷ができた。聖なる矢によって、穢れた身体を浄化したようだ。

ドラゴンは苦悶の表情を見せ、二、三歩後退りした。

どうやら右目を貫かれたらしく、顔半分が赤黒く塗装されている。


「さて、による竜退治に終幕を告げよう、『呪毒の矢ポイズングレイブ』」


 その時、ドラゴンが飛んだ。

歯軋りをし、復讐に燃える目をエクに注いでいる。


「おっと、逃げられてしまう!

竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号を得て、人類の英雄になろうと思っていたのに……」


 だが、ドラゴンは予想を裏切り、急降下してくる。

その真下にいたのは――ザビだった。

その大きなかぎ爪でザビを掴み、またも上空へと飛び上がる。

そして、そのまま次の攻撃の機会を与えずに去っていった。

おそらくザビ達が入ってきたことによって、お父様たちによる封印が緩んでしまったのだ。


 天井にある大きな大きな穴からは、雲に閉ざされた空が広がっていた。

星など一つも見えやしない。辺り一面は闇に包まれ、静寂が場を掌握している。

少しの壁と床だけが残った砦の上で、エクが一人話し始めた。


「僕は面倒事は避けたかったから、王になるための訓練カリキュラムをザビに擦り付けた。

本当は身体なんか弱くないけど、弱い振りをした。

でも、王にはなりたかった。

そのためにはザビはもう必要ない。

だから、ザビを焚きつけてここで殺す計画を立てた。結果は大成功だ!

ザビは死んで、僕は今ここに立っている‼」


 最低な独白だった。この発言を聞いた、ただ一人の人物――ロビ。

静かにエクに近づいていく。

ロビは竜にずっと掴まれていたが、なぜか最後の一度飛び上がったタイミングで放され、今ここに残っている。

ロビはエクの前に辿り着いたと同時に、右手を大きく振り上げ、端正なエクの顔を平手打ちした。


(ビチッ)


 鈍く空気を揺らす。しばらく誰も動かなかった。いや、正確に言うと、

あまりにも突然の出来事で、脳が置いてけぼりになっている。

切れ長な瞳を大きく見開いて、口を開いたままにするエク。

それを力の籠った眼で、下から睨み付けるロビ。


「そうか、自分のことばかりでロビのことを忘れていたよ。大丈夫だったかい?」


 エクは何事もなかったかのように正面を向きなおして、ロビの心配をし始めた。

右手を出して、握手をしようとしてきている。

これで気持ちを和ませようとしているのだろうか。

これにはロビも怒髪天を突いた。


「エクお兄様……どうしてお力を隠していたのですか?

お力を貸していれば、ザビお兄様は死ななかったかもしれないでしょうに!

ザビお兄様を殺したのはエクお兄様にございます‼」


 そう言い放って、ロビは外に向かって走っていってしまった。取り残されたエクはひとりでに焦りだす。


「……しまった。ロビの記憶を消しそびれてしまった! これはまずい‼」


 ロビの後を追いかけて、エクも砦を後にしたのだった。




✕✕✕



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