4-63.暁闇に潜む影Ⅱ

※今回は前回と同様、アポロン視点から展開されていきます。



 大海の神ポセイドン。彼はゼウスを除き、『オリュンポス十二神』の序列最上位に君臨する、『神様』の中の『神様』だ。

オレっち達が下界に降臨するにあたって、大幅に遅れてしまった原因は彼にあった。

彼はその身分も注目される項目でありながら、それ以上にの追随を許さない、圧倒的実力を保持していた。

そのため、オレっち達も何か大きな戦いがあるときには必ずと言っていいほど、彼への助力を求めていたのだ。

 今回も例に漏れず彼に声を掛けていたのだが、いつもならある返答も今回ばかりは何もなく、出発の時刻になってもその姿を現さなかった。

過去これまでにはない事態に、オレっち達は困惑した心境の中、下界へと降臨することとなったのだ。

これに関しては、少々恨み節でも投げ付けてやりたいところではある。

もう何年一緒にやってきたと思っているのか。『一千年』やそこらでは処理のできない、長い長い付き合いになっているのだ。

随分と遅い反抗期など、シャレになっていないにも程がある。


 まぁ、この場にいない奴のことを延々と語っていても仕方がない。

白蛇牢セルペンス』と呼ばれた監獄からの脱出はできたが、戦況はどうなっているのだろうか。

思えば、ここに来てまだそれほど時間も経っていない。……というか最早、一瞬の内に視界を閉ざされてしまったこともあって、どうにも戦場に降り立ったという感覚が未だにない気もする。


 改めて飛び込んできた光景は、意外にも静寂という言葉がピッタリな雰囲気に支配されていた。

多くの人がたむろしているのにも関わらず、どうしてか声がなかった。

確かに言えることは、オレっち達がここに来た直後には、誰かが戦っている様子が見受けられたということだけ。

だが、その影は見回す視線上に、ちっとも見つかりそうになかった。

 その時、お姫様抱っこのようなかたちで抱いていた君の様子がおかしくなり始めた。

小刻みな身体の振動に、どんどん青褪めていく唇。言うなれば、突然温度の低い水に身体を沈め、対応できなかった状態にそっくりであった。

無秩序な涎と吐息が、君を落とすまいと固めるオレっちの腕へと、か細く降り掛かっていく。

先ほどまでとは明らかに様子が変わっている。

他の『神様』も、心配そうな面持ちで胸の中に収まる君を覗き込んでいた。


「うっ、あ、あぁ……! おっ、おうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!」


 ただの吐息が嗚咽音に変わったと同時に、その小さな口の中からが溢れ出てくるのが見えてしまった。

オレっちも、最初は吐瀉としゃでもするのかと思った。

でも、その考えは一秒もしない内に塗り替えられる。

元々軽かった体重が更に軽くなっていくことと引き換えに、君の口からは、水のような意志をもつ何かが零れ落ちてきていた。

きっと人類にとってみれば、何が何だか状況が呑み込めないに違いないが、もうオレっち達は『答え』を知っていた。


そう、その意志をもつ水の正体こそ――であることを。

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