4-64.不敗神話は綴られていく
※今回も前回と同様、アポロン視点から展開されていきます。
恨み節程度で収まっていたらどんなにか良かったかと、『今』にしてみれば思えてしまう。
こんなに綺麗な掌返しは、他に類を見ないのではないだろうか。
ポセイドンの顕現は、理想とは真逆の様相を呈することとなった。
古の記憶に生きる少女、その子孫の君の中から現れるなんて脳裏に浮かべる訳がない。
ポセイドンはあの天空五階層――『金の領域』にいることは少ない。
それは偏に、下界の観察を海、そして大地の視点から行っているからだ。
この役回りには、多くの困難が付き纏うことになる。
そもそも仲間がいないこともあり、孤独を強く感じることは避けられない。
更には、多種多様な生物がその地で暮らしているために、どうしても悪い面を見ることになってしまう。
等しく穢れ、羽を捥がれた生き物達が跋扈する世界においては、動かしようのない事実であった。
これらの理由から、やはり『神様』に生まれ落ちたからには、天界で笑い合って暮らしたいという層が大半だったのだ。
そんな、言ってしまえば汚れ役を買って出たのが、ポセイドンその『神様』。皆には格好つけたいからと揶揄されていたが、実際のところは語ってもらえていない。
『今』の『今』まで文句も言わず、ポセイドンは下界を見続けてきたのだ。
そんな彼が、君の身体に入っていた。
いつからなのか。何が目的なのか。
並の魔法では何ともならないことを知っているオレっちは、口を割って話すことを最初から選ぶことにした。
もしかしたら、タナトスとの直接対決もあるかもしれない。そのために体力、魔力共に残しておくのは、大事な布石になるに違いない。
オレっちがあれこれと考えている内に、ポセイドンの身体はどんどん水から実態が形成されていき、あっという間にその巨躯は完成に至った。
流石に見つめ合うばかりで満足してはいられない。
オレっちは重い腰を上げるように一呼吸置いて、言葉を発し始めた。
「……さてと。一体何を企んでいるんすか、天下のポセイドン様よ。
いつもの監視? 観察? はどうなって……」
「あえ、これがその監視、観察ってやつなんだじぇ?
儂はたんと脳みそ使ってよぉ、タナトスの方につくことにしたんだども」
「はぁ⁉ お前、何言って」
「もう決めたことでよ。さっさとその胸に抱いてる女をこっちに寄越すじぇ。
何も怖がるこたねぇ。さぁ、時間もなしに。はよぉせぇ」
情報が渋滞している。ポセイドンは『オリュンポス十二神』の内の一柱だった筈だ。
それなのに、なぜタナトス側に立っている。
あの海のように広い心で、ありとあらゆるものを救ってきた存在が、どうして人を窮地に陥れるような悪党側の顔をもつのか。
まさか、監視、観察の結果がそれなのか。
ここ数千年単位で、それ程密な情報交換をしてこなかったことが祟ったらしい。
ここまでの心境の変化があった。でも、きっとオレっち達にはよく思われない組織に加担することになる。
この決断を聞いたら、きっと自分のことを止めてくるだろう。
それなら、いっそ話さなければいいじゃないか。そうだ、そうしよう――。
もしかしたら、そんな後ろ向きな気持ちを図らずも増幅させていたオレっち達のせいで、現状のような地獄が創られてしまったのかもしれない。
どうしよう。ここ最近よく痛感させられる。
――『支配』したいと気持ちの上で語っていても、結局処理し切れていないことの方が多い、と。
長く生きられることは、勿論幾つもの利点がある。
それは誰であっても理解のできることだろう。
だが、それが全てを解決し、許すものではないと、そうつくづく感じさせてくる『今』があった。
随分と飲み込むのに時間がかかってしまったんだな。
そんなオレっちの心の中など知る由もないポセイドンは、地面をコツコツ叩いていた足をピタリと止め、真っ直ぐな視線でオレっちのことを射抜いてきた。
いや、違う。射抜かれたのはオレっちではなく、胸元で苦しそうに蹲る君の方だ。
ヤバい。直感が働いた時には、もう遅かった。
津波が如く水流が
抱えていた腕のかたちだけ残った空虚が、そこにはあった。
ポセイドンには勝ち目がない。
意識もなく襲われたなら、誰であっても対抗することは難しいだろう。
どんなに空間が空いていようが関係ない。そこにポセイドンがいる限り、不敗神話は綴られていく。
通り過ぎた彼を認めると、もう諦めの二文字しか頭に浮かばなくなっていた。
眼前には、君ともう一人の誰かを抱えたタナトスが、天界へと飛び去っていくところだった。
その後方にも、しっかりポセイドンの護衛がついている。
ポセイドンが『オリュンポス十二神』を捨てるなんて思っていなかった。
最初からこの戦いは終わっていたのかもしれない。
そんな絶望を抱きながら、オレっちは膝から崩れ落ちた。
視界の端では見慣れた顔――ヘラも飛び去っていくのが見えた。
もう立ち上がる気力など、残っていなかった。
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