『超えていく散歩』編

4-65.奇跡は必ず起こるから奇跡と呼ばれる

※今回は、エク視点から展開されていきます。



 思い返せば、僕にできたことは何もなかった。

ザビの誕生日会に足を運んだものの、あまりの人の多さに面食らい、近寄れず仕舞いになったことから全ては始まったのだ。

別に僕が行くこと自体に問題はなかったのに、怖気付いて動かなかった。辛く当たってきたことを思い出しもした。

脳裏をかき回す、雑念と弱気が何度も何度も逃げようと囁いてきた。


――逡巡は一生の後悔を生むことがある。


 まだ確定した未来ではない。

でも、その未来を予感する幕引きに、実際になってしまった。

誰ともなく広まった呼び名――『空地決戦』における戦績は、本当に悲惨なものだった。


――『我世』組織員三名の失踪、内一名幹部含む。

以下、組織員名を部隊の所属順にて、記載。

第二部隊『火這ドゥオ』隊員、ザビ・ラスター・シセル。

第四部隊『詮仁咲カトゥオル』部隊長、イノー・スー。

第五部隊『風僭倢クイークエ』隊員、ロビ・ウーン・ブラン。


 言い逃れることなんて不可能な、不甲斐ない結果だった。

自分ならできると飛び出して、なりふり構わず突き進んだ末路が、こんなにも惨めになるなんて思ってもみなかった。


 確かに、想定外は大量に発生した。

タナトスが単体で襲撃してきたかと思えば、結局八柱もの『神様』が顕現したのだ。

一柱を討伐するだけでも、人類にとっては大きな名誉となる。

それなのに、八柱だ。八柱も一気に攻め込んでこられれば、どうしたって対応することはできないだろう。


 更に特筆すべきは、イノーの攻略法。あの悪辣な手口を惜しげもなく使ってきた『神様』には、失望せざるを得ない。

恐らく気品は天界に置いてきたのだ。白い檻に閉じ込めて、封殺を敢行する。

大した戦法をお持ちなものだ。そのせいで、イノーはあっけなく『負け』の烙印を押された。

初期段階からの仲間、早くに幹部にまで上り詰めた猛者を、あれだけの速度で突破されるとは夢にも思わなかった。

たったの数分で決した勝負に、勇むような、見通すような視線を、僕達に向けてきた。

射すくめられるなんて、生半可なものではない。もう有無も言わせず、僕は視線を外さざるを得なくなった。

地面が揺れる感覚だけが、身体に残っていた。三半規管の異常は止まることなく、そのまま僕の意識まで飲み込んだ。


 目の前のヘラには、トドメを刺しそびれてしまった。

目線を持ち上げた時には、もう『神様』達は消えていて、組織員達も誕生日会会場の撤去を行い始めていた。

全てが終わるまで気絶させられた。それが、僕の『空地決戦』の終幕だったようだ。


 総じて言おう。僕は何もなしえず、終わりを向かえた。

誰も助けられず、誰も討ち取ることもできず。ただ『神様』に振り回され、欲しがられたように動いた。

これじゃ、総統失格も然ることながら、英雄なんて夢物語でしかなくなってしまう。

 夢じゃない。力もあって、他人も知って、努力も重ねて、挑戦もした。

高い壁であることは、重々承知。それでも、僕は一瞬でも乗り越えていけた。

己への祈りが、その糸口を見出させてくれた。

あと一歩。もう少し手を伸ばせば、届いた距離にいたんだ。


――超えていく散歩スカイハイ


 ただの散歩が、こんなにも難しいなんて……。

魔法の言葉に、一歩は弱い。一歩は、足りない。

一歩は、あまりに楽しくないのだ。

イノーが残した言葉は、僕が完遂する。


「奇跡は必ず起こるから奇跡と呼ばれる」


 もう戦いから二週間が経過した王都の様子を眺め、一人ポツリと呟いた。

人々の生活の声が、そこら中から響いている。たまに手を振られると、笑顔で手を振り返した。


 もう王都並びに、スビドー王国は再建が完了した。

元のようにとはいかないが、地面の凹みも家屋の損壊も見当たらなくなった。

 ただスビドー王国における、被害者への対応は一朝一夕に解決するものでもなく、『今』も尚、非難の声は僕に向けられ続けている。

一生をかけて償う覚悟はできている。この気持ちは、行動で示していかねばならない筈だ。

また夕刻近くに、彼らは王都にやって来るだろう。

その時も、気が済むまで罵詈雑言を受け付け、ゴミでも何でも投げ付けられてくるつもりだ。


 見上げる空に青はない。

雲に閉ざされた冷たい世界の中、確かな足取りで、『英雄王の間』へと戻っていくのだった。

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