4-66.だから、願った

※今回は、タナトス視点から展開されていきます。



 ここは、天空二階層――『英雄の領域』。

俺達の本拠地と場所だ。

帰ってきて愕然とした。縛り上げていた一般階級に属する『神様』が、下界に降りなかった『オリュンポス十二神』によって解放されていたのだから。


 薄々、不可解だとは思っていた。俺達を止めるのなら、全員でかかってこればいい。

わざわざ五柱という少数精鋭で攻めてきたのには、アイツらなりの意図があったという訳だ。

天界での勝手すらも許してもらえないらしい。


 どこまでケチを貫くんだ。もう『オリュンポス十二神』の掲げる世界は終わったも同然だろう。

あれだけ人類の『支配』に手を出せず、放置を決め込んでいるのに、『今』さら何を言っているのか。甚だ疑問でしかない。

自分達ばかりがいい顔を見せられると思うな。根っこの部分に、成長がないことはもう知っている。

どこまでいっても、『今』の世界に生を受けてしまった万物は、歪みをもっている。

それは、俺であっても変わりはない。元来の清純など、夢のまた夢なのだ。

それを知っていながら、尚も善人面をする『オリュンポス十二神』が許せない。

だから、壊す。だから、創りかえる。

この世界はそもそも、誰のものと呼べるほど、敷居の低いものではなかった。

『支配』を強行してしまうような輩には似合わない代物だったんだ。


 まぁ、あと数週間もすれば、否が応でも終焉を迎えることになっている。

この『空地決戦』における成果は大きかった。俺達の計画の鍵となる存在、二柱の血の内、一柱分は確保できた。

更には、おまけもついてきたようだ。

両脇で意識を失っている二つの影が、歩く動作に合わせて揺れている。

おまけは人類側の有力者、『神種ルイナ』らしい。これは使える。

ヘラはもう無理かもしれないが、コイツを使えば最後の一柱の血も何とか手に入れることができるだろう。


 この『英雄の領域』もかなり助かっていたが、仕方あるまい。

地獄の奥に設置しておいた研究室で準備をするしかないな。

後方に付いてくるポセイドンとヘラに一瞥を送り、ゆったりとした歩幅で地獄の裏門へと向かっていった。




×××




 俺以外の他の奴を『仮死スケルトン』によって認知できなくし、俺はハデスの面を被る。

この地獄界ができてから、殆どの時間を俺が統治してきたというのに、この地獄のクズ共はまだ気付けないのか。

最早、心配になる頭のなさだ。ここまでバレなければ、もうどうとでもなる。

ここに『オリュンポス十二神』が来たとしても、何も得ることなく帰ることになるだろうな。

はは、想像しただけで滑稽だ。誰にも共有しない笑みを浮かべながら、俺は自室、研究室――『サングイス』の扉を開いた。


 囚人の血は、渋みの中に後悔が眠っている。その絶妙な配分が、俺に血黒水ジュースを飲みたくさせてくる。

幸い原料には困らない。何時如何なる時にでも、悪人の血は集めることができた。

 二柱はそんな俺の様子を見て、絶句の表情を浮かべていた。

まぁ、あっちの文化にはあまりないかもしれない。

反応に構うことなく飲み進めていると、ポセイドンの方が俺の腕を掴んできた。


「え、なして、そのようなモンをぉ? 儂にはマズそうに見えるんだども」


「おいおい、イノーとかいう奴使って裏切ったら、今度はご主神様さえも裏切りたくなっちゃったってことか?」


「そ、そんなことないじぇ。ただ少し気になってよぉ」


「ふん、下らない疑問を抱くな。お前は世界を恨み、変えたいと願った。

あまりに汚すぎるからってな。その原点オリジンだけ抱えて、俺の命令に従えばいいんだ。いいな?」


「へいへい」


 ――ポセイドンはある日、俺の元へとやって来た。

俺は、もうその頃には世界中で暴れ回っていて、各地で噂が囁かれ始めていた。


――世界の滅亡を望み、死による救済を進める者達がいる、と。


 ポセイドンは疲れていた。

過去これまでも沢山の労力を費やして、万物に注意を促してきていた。


――もう止めてくれ、世界は泣いている。

汚せる領域に限度があるのではない。領域は等しく、汚してはならないものなのだと。


 それなのに、人類を始めとした万物は、環境破壊を止めなかった。

止まらない理想に圧し潰されて、何もかも見失っていた。

だから、願ってしまった。変化を、革命を、創造を。

 十分耐えた方だった。寝返ったのは直近十年未満の、ごく最近の話。人類は広い心に甘えていたのだ。

もう待てない。大海さえも終止符を求めている。

まず、その最初の足掛かりに選ばれたのが、イノーへの侵入だったのだ。

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