4-71.世界は『――――』を求めている

※今回は、三人称視点で展開されていきます。



 ――これは遥か太古の話。

日々、神々は愚かな戦争に身を焦がしていた。

主力然と暴れていた『オリュンポス十二神』も、その時ばかりは誰もが仲間という認識を捨て去り、来る日も来る日も地面を鮮血に染め上げていたのだ。

多くの『神様』が、戦いを求めていた。血に飢え、少しでも前へ進み、自らの領地を増やしてやろうと躍起になっていた。

だが、全員が全員、戦いたがっている訳ではなく、その中にはただ平和を求めている者も少なからず存在していたのだ。


 ポセイドン。彼は非戦争派に属する、最有力者であった。

群れをなさず、虚ろな瞳で戦火の広がる世界の中心部を眺めている。

何を言うでもなく、何かを変えようとするでもなく、ただそこに身を置くだけ。

 開戦当時は、日に何柱かがポセイドンの元へとやって来ていたものの、その足は日を追う毎に減っていき、やがて誰もいなくなった。

初期は積極的に変えていこう、戦争は止めようと訴えていたのに、いつしか何もしなくなってしまったのだ。


「おい、何してんだ?」


 そんなポセイドンに、声を掛ける存在が一柱。

俯いていた顔がもち上がり、目に入ってきたのはゼウスだった。

ゼウスはこの戦争の中でも中核を担っていた。

その噂を耳にしていたポセイドンは、幾ら兄弟であろうと容赦はしなかった。


「なして、ここ来たじぇ。儂の前から去ってほしいんだども」


 取り付く島もない。そう思わせたかった。

無理に合わせた視線を逸らして、遠くを見つめる。

派手な音は鳴り止まない。地面に伝わる振動が、今日もまた万物殺しの涙を描いていた。

 暫くの沈黙が、肩に重く圧し掛かる。

この空気を受けてまで、こんなところに残る奴はいない筈。そう確信したポセイドンは、ゆっくりとゼウスがいた場所に顔を向けた。

ゼウスは音もなく現れ、音もなく消え去っていく。

その認識に誤りはなけれど、その時のゼウスには並々ならない思いがあったようだ。


 なんとゼウスは、その場を一歩も動いていなかった。ただじっとポセイドンの顔を見つめ続けていた。


「なんだじぇ! 儂の顔に何かついてんのかぁ?

さっさとここ、立ち去ってくれよぉ!」


「……はぁ」


 咄嗟の行動に、動揺を隠し切れないポセイドンがいた。

隣から大きな物音が聞こえてくる。どんな阿鼻叫喚よりも大きく感じるその音は誰でもない、ゼウスから発されたものだった。

なぜかそこには、親しげでありながらどこか悲しそうな表情を見せるゼウスの顔があったのだ。

こんな近くに座ったことなどなかったのだろう。途端に濃くなり出した服を見て、口元を抑えるゼウス。


「何笑ってるんだども! 許せねぇ」


「わるいわるい……。あまりに反応がおかしくてついな」


「笑ってること、否定しなかったじぇ……」


「ハッハッハッハ」


「……こんにゃろぉ」


「ハッハッハッハッハッハッハッハ……」


 ゼウスの笑い声は、数分間響き続けた。

焦るポセイドンに、煽るゼウス。戦争巻き起こる世界の片隅で、二柱の幸せな時間が流れていた。

 そうして、一頻り笑い飛ばしたゼウスは、徐々に神妙な顔を取り戻していき、ポセイドンの顔を再び見つめ始めた。


「俺、戦争やってるじゃんか」


「ん……へいへい」


「『目的』があるんだ」


「へい」


「ポセイドンが戦争を憎み、平和を求めているのは勿論知っていた」


「んなら、なして……?」


「『神様俺達』は『――――』を求めているから」


「…………」


 ポセイドンは、その一言を信じることにした。

ずっと嫌がっていた戦争を認めはしない。それでも、ゼウスのあの目を見てしまったら、もう折れてやるしかなかった。


 ゼウスの、両腕を上げ笑顔で立ち去っていく姿を、立ち上がって見つめるポセイドン。

正面には夕日が照り付け、幻想的な橙の大地を映し出していた。

ポセイドンは、影も見えなくなるまで手を振って、ゆっくりと地面に尻をつけた。動けない身体を恨めしそうに眺めながら。

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