4-70.困惑の記憶Ⅱ

※今回は、三人称視点で展開されていきます。



 ここは、天界五階層――『金の領域』。

『オリュンポス十二神』と、その周りにいる一部の存在しか入ることが許されないとされる、この世界の天井だ。

下界での戦いを終え、戻ってきた『オリュンポス十二神』の表情は軒並み影が差していた。

誰も口を開こうとしない。女性陣には涙さえ浮かべている者もいる。

今回はお留守番を任された、新たな『オリュンポス十二神』のデュオニュソスは何とかして彼らを元気づけようと必死に会話をしようと試みていた。


「あ、あのぅ、大丈夫ですかぁ~って、そんな顔してたら大丈夫な訳ないですよねぇ~。

あ、そうそうゼウスはもうとっくに帰ってきてますよ」


「…………」


「あ、あ~と、なんか意外と標的ターゲットの男の子が若くてびっくりしちゃいました~なんちゃってぇ~。ニュッニュッニュッ」


「…………」


「あ、あ、あぁ、そうか、そうですよね。疲れてますよね。

どうぞどうぞ早く腰掛けちゃってくださいよ~。私が温めておいたのできっと最高の座り心地ですって~。

あ、いやいや嘘です、嘘ですから睨まないでぇ~って睨んでないかぁ……」


「…………」


 ここで、デュオニュソスの明るい声掛けが一旦止んでしまう。

こんなにも反応が返ってこないことは、過去これまでに一度も経験したことがなかった。

別に小粋な返しを期待している訳でもないのに、ただ少しでも声が聞きたいだけなのに。

その一音すらも、恵んでもらえないのだ。


 もう何となく察するデュオニュソスがいた。何か下界で問題が起こったのだ。

下界に行ったのは、降臨するという選択をしたのは、『死の救済マールム』の横暴に終止符を打つためだった筈。それなら――。


「あ、あの、なんでそんなに、悲しそうな、世界が終わってしまったような、そんなそんな……」


「ポセイドン」


「え」


「オレっち達の仲間、ポセイドンがよ」


「…………」


「裏切ってたんだ。よりによって、あの『死の救済マールム』側についてんたすよ」


 言葉が出てこなかった。

あの、ポセイドンが『裏切り者』になっていた。しかも、タナトス側についていると。

そんな事実、直ぐに受け止められる訳がない。

デュオニュソスなんかよりポセイドンへの仲間意識が高いのは、重々理解できた。

理解できたからこそ、何も言えなくなってしまう。

軽率な発言など、幾らでもすることができるのだ。一瞬の、たった一秒の音が静寂を埋める鍵となる。

それでも、言えない。静寂による気まずさなんかより、心が泣いているのが痛く痛く伝わってきたから。

だから、閉口を選んだ。

そんなデュオニュソスの様子を受け、アポロン達も口々にその悲惨な戦いの様相を語り出した。


「降臨は完璧だった。誰も彼もオレっち達に注目し、戦況をガラッと変えそうな雰囲気を誇っていたんすよ」


「なのにッ、いきなりオレ達を襲ってくる奴がいたンだッ!」


「白い部屋のようなものが空から降ってきたと思ったら、次の瞬間には他の戦いとは断絶されていてね」


「突然走り寄ってきた女と対峙することになった」


「彼女はスー。オレっちが昔追い回していた『神様』の末裔で」


「だがッ、『神様』を憎ンでいてッ」


「番の神がアポロンである『神種ルイナ』に寄生されていて」


「ポセイドンが水に擬態して、その身体を操っていたの」


「それだけじゃない」


「ポセイドンはッ」


「アポロンが確保した、スーの末裔を」


「奪い取って、タナトスに献上していたんだよ」


 対面したスーの末裔。そこからいきなり現れたポセイドン。

裏でつながっていたことが発覚したタナトス。

『オリュンポス十二神』と言えど、全てを完璧にとはいかない。

戦況の目まぐるしい変化、それも身内に起こった裏切りであるならば――飲み込めないのも無理はないのだろう。

尚も言葉に対する反応が生まれないデュオニュソスを、静かに見つめる下界組の『オリュンポス十二神』なのであった。

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