4-69.祈りの一歩Ⅱ

※今回は、イノー視点から展開されていきます。



 右の頬が冷たい。

目を開くと、ワシは牢獄の中にいた。

無理な体勢で寝かされていたばかりに、首までもが痛みを訴えている。

他の体調不良類も完治してはいないが、急ごしらえの安息は手に入れていたようだ。

ワシは何をしていたっけな。……あぁ、そうか。

『神様』との交戦中、『捏造ファブリケイト』を解いてしまったことでワシは倒れたんだ。

なら、相手の『神様』はどこに行った?


 意識が途切れる直前、温かくて、柔らかい何かの感触がワシを覆っていた。

あの感覚は一体何だったのだろう。

冷静に考えろ。あの場でワシを抱えられるのは、『神様』しかいなかった。

となると、ワシに残ったこの温もりは、『神様』の施しに対するものである可能性が高い。

……それはマズい。かなりマズい。

敵対し相反する主張を展開してきた、因縁の相手じゃないか。

これでは、『我世』の仲間に顔向けできなくなってしまう。というか、待つんだ。


――そもそも、ここはどこだ?


 『今』さらながら、視界に映る光景に疑問を抱いた。

実感としての理解が、やっとワシの横に並んだらしい。

脳が状況についていけていなかったのだ。


 明らかに王都の中然とした雰囲気がない。

風はなく、他に収監されている人も見受けられない。

ワシだけに用意された空間なのか。

頭上に掲げられた燭台が、僅かな光源として機能していた。

 わかることは、ワシは殺されなかったこと。でも、どこか知らない場所に連れていかれてしまったことだ。それもきっと、『神様』の住処の最奥と思われる場所に。


 頭痛が酷い。

別に何かを飲んだり食べたりはしなかった以上、食に対して起こった不調ではないことは確実だ。

もうわかり切っている。これこそが、我が家の呪い。

スーが齎した厄災に、一秒一秒命を燃やされているんだ。

この呪い、つまりは『神種ルイナ』を解放するには死を選ぶしかない。

 ただワシの対ドラゴンを長年続けてきた見解としては、ワシら『神種ルイナ』が死ぬのはドラゴンとの対面の時だけであると推測している。

普通に死んでしまうと、どうしたって『神種ルイナ』は他の生物の身体へと寄生先を変えてしまう。

色々と考える箇所、鍵となるものは『神様』から提示されていたのではないだろうか。

『一千年』に一度のドラゴンの襲来。基本形としては、この言い伝えが古くから残っていた。

現状は考えが変わったのかもしれないが、ドラゴンが何かの引き金になっているのは真実であると思う。


 一人でいるとあれこれ物事を考えたくなるものだ。でも、そう上手く事が運ぶことはない。

薄く引き伸ばされた体調不良は時間が経つほどに程度が悪化していき、やがて何も考えられなくなっていった。

崩壊する自我に圧し潰されて、何かが腹から上がってくるのを察知して。

知らぬ間の発狂が飛び出たところで、また一旦優しくなる。

そんな地獄が休む間もなく繰り返されていく。

全くの無の状態には戻ってくれず、前よりも少し厳しいくらいの苦しみがワシを襲っていった。

まともな思考など働かない。

 エクがいるなら、声でもしたのだろうか。

逆に冷静になってきたところで、思い起こす。

痛みも何も引かないけれど、ただ祈っていた。


――あとは頼んだぞ、『ラスターつなぐ者』よ。

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