4-73.紅い絆(前編)

※今回も前回と同様、三人称視点で展開されていきます。



 ――大戦終結後、それぞれの世界を隔絶する『風光の壁パリエース』が神々によって築かれた。

小さな箱庭の中で紡がれる平穏な時間に、永遠さえも錯覚した『神様』達。

だが、その平穏は万物にとっての平穏にはなれておらず、誰でもない『神様』にとって都合のよいものだった。

その事実を容認できない存在は数多くいたが、その中でも特に優れた知能をもっていた人類は、それ程時間を待たず壁の破壊を企て始めた。

 そこからの展開は早く、大戦時に創り過ぎた人類の個体数が仇となって、『神様』にとってはたったの十年、人類にとっては深く大きな軌跡を辿りながら壁の破壊を完遂することになった。


 追われる身となった『神様』に、下界を歩く権利はなくなっていた。

別に人類が『神様』に勝つことができる訳ではない。

民衆の反感が強まったこと、絶対に破られることのないと思われた『風光の壁パリエース』の破壊に当てられた結果、天界へと戻ることになったのだ。

『神様』自体に『負け』の意志はなく、あくまで人類の余命が伸びただけという解釈だったらしい。

事実、記録には人類を極めて偏見的に語り、貶められる種を常に探しているといった内容が残されていた。


 天界に帰ってきたからといって、『神様』達も好き勝手に身体を休める暇はなかった。

『神様』と言っても、別に全体に対して言っている訳ではない。

『オリュンポス十二神』。神々の中でも頂点に位置し、過去これまで未来これからもこの世界を『支配』すると思われている組織が、『神様』達の中でも特に忙しくなったのだ。

よく考えれば、それもその筈。大戦の以前以後で、大体の問題の起点になっていたのは、『オリュンポス十二神』だった。

母数が多ければ、問題視される行動がかさんでいくのも無理はない。

圧倒的な罪の多さが、今後の『支配』体制に罅を入れる可能性が大いにあった。


 そこで彼らの考えた方法。それこそが――記憶操作だったのだ。

厄介な記憶を抜き取るなり改竄してしまえば、自分達の実権は揺らぐことがない。

楯突く材料があるのなら、何もかも消してしまえばいいじゃないか。


 そうして始まる記憶操作の研究。

魔法を使うという手もあるが、魔法だと時間制限が発生し、定期的に魔法を掛ける必要が出てきてしまう。

魔法を使わないとしたら、何を使うべきか。

これといった『答え』の出ないまま、時は経ち、天界にとある噂が流れ始める。


――『オリュンポス十二神』以外の『神様』から、記憶を消して回っている奴がいる、と。


 その日を境に、記憶を消して回っているという謎の存在を探す動きが見られるようになった。

日に日に増えていく被害の報告に、全く足取りの掴めない犯人。

 そんなある日のこと、ゼウスがいつものようにムネモシュネと他愛もない話をしていると、ムネモシュネが用を足したいとゼウスに耳元で囁いた。

何も断る理由のないゼウスは、二つ返事で了承し揶揄いながらその姿を見送った。

一分経ち、二分経ち、大きい方でもしているのかもしれないと考え始めた。

三分、四分、五分、六分。いつもなら四分もしない内に帰ってくるのに、遅いなぁと心配になってきたところで、ムネモシュネの向かった先から悲鳴が聞こえてきた。

ゼウスの動きは一瞬で、一秒もしない内に彼女に呼び掛けながら扉を開いていた。

すると、狭い便所の中にムネモシュネともう一柱の『神様』がいた。

その『神様』は全身から紅い光を放っていた。


「おい、なんでここにいる――ポセイドン」


 そこにいたのは、なんとポセイドンだった。

恐怖に歪んだ表情を見せるムネモシュネが、ポセイドンを押しのけてゼウスに抱きついたのだった。

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