4-13.存在は一人で完結していた

※今回は、アナ視点から展開されていきます。



 アタイは『クイド』の筋肉マッスル強化トレーニング室で、もう何時間も鍛え続けていた。

上がる息も、固くなる腕も、吹き出す汗も、何もかも見ない振りをしていた。まだの段階だった。

 ……とはいえ、依然四時間しか経ってない。

まだまだ正気が勝ってるな。まだまだアタイは死んでるな。

遠くに行くには、もっともっと足も、お腹も、腕も使い続けなければ――。




✕✕✕




 深夜に現れたアタイの姿に、管理係の人は驚きの表情を見せた。

よりによってなぜ『今』やらなければならないのかと、諭すようにアタイを丸め込もうとしてきた。

心配そうな目が、ねっとりとアタイを刺してきていた。

――ウザったいな。アタイがやりたいって言ってるんだ。やらせてくれ。頼むから。

 粗野の言動も許してほしい。

はもう朽ち果てて、ごみ箱の底にでも眠っている。

そんな奥底まで手を突っ込むのは、誰だって嫌だろう。


 無気力な寝巻のまま、アタイは鍵を要求した。

脅迫でもするように、右手を管理係の人の胸元に押し付ける。

右手でその胸を叩きながら、翠色すいしょくの双眸を光らせていた。

 段々と管理係の人も怒りを露わにしてきて、若干の口論にまで発展した。

だけど、アタイは曲がりなりにも『神種ルイナ』の端くれ、常人を圧倒する魔法を使うことができる。

直ぐに力で奪い取って、体育館の方へと向かった。


 無駄な時間を過ごしてしまったが仕方がない。

魔法の行使にも体力を使うのだ。どうしてもという時にしか使いたくはない。

……まぁ、新たな問題なんて抱えられるほど、アタイは空っぽじゃなくなってしまっている。

『今』のアタイの前では、本当に些細なことでしかなかった。


――リア、アタイどうしていけばいいの。


 気を抜けば、彼への思いが溢れ出てきた。

そうだ。この世に――この世に思い通りに行くことなんて、何一つないのだ。

一度手に入れても、その次の日にはなくなっていることも沢山ある。

 アタイの誕生も、それ以後の人生は自由を暫く拝めなかった。

生まれる前はきっと希望に満ちていた。無限の可能性が広がっていた。

きっとリアに出逢う前の、最後の笑顔を見せていたのも、この世に生れ落ちる前のことだ。

そう思えるほどに、アタイの人生は暗かった。

 そして、そんなアタイに微笑みかけた最後の希望も、今日いなくなってしまった。リアに縋り付いて、幸せがこの身を埋めていたのに、『今』はすっかり黒く淀んでしまっている。


 係の人には騒がれても面倒なので、自分の部屋に縛り付けておいた。

これで何時間かは気付かれないままに、筋力マッスル強化トレーニングに没頭できるだろう。




✕✕✕




 別に寝ぼけている訳ではなかった。

アタイにはこれしかやることがなかったから。

これでしか、死を忘れられるアタイが想像できなかったから。

だから、ここに来て、身体を動かし続けていた。

 勿論、こんな時間にこの部屋で鍛えている人はいない。

アタイだけの世界が広がっていた。

一人だけの世界が狭まっていた。

器具マシンの音だけが反響し続けていた。

無機質で、暴力的で、差別的な音だ。

 下は向けなかった。目も長らく開けられていなかった。

その腕だけが器具マシンを動かしていた。

痛みはただ痛いだけで、『答え』を教えてはくれなかった。

何が正解か。アタイはこれから何をすればいいのか。

脳は働かない。この空間が『今』の全てだった。

 無感情はずっと続いた。そう、これは――三日間、永遠とアタイを蝕み続けたのだった。

誰が来たのかもわかっていない。

存在は一人で完結していた。

世界は一つで説明できた。

『答え』がないことが、ある種の『答え』になっていた。


 三日間、破られなかった部屋の扉が鳴いた。

『今』が何時だかもわからない。ただ、そこには信じられない光景が広がっていた。


「え、なんで……!

なんで、リアが、へイリアがいるのぉ⁉」


 そう、そこには間違いなくへイリアが佇んでいたのだ。あの頃の笑みを湛えて。

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