第四章 生きとし生ける万物讃歌
『ムネモシュネ』編
4-1.嘘つきな記憶
※今回は、ムネモシュネ視点から展開されていきます。
この世界における天井、オリュンポスの神々と、その周りにいる一部の存在しか入ることの許されない、天空五階層――『金の領域』。
足を踏み入れた瞬間から、鋭い視線の応酬に目を回しそうになった。
緊張が喉を焼き、舌が干乾びていくのを感じた。
投げかけられる視線の中には、殺気を含んだものまであった。
ここで殺しは許されない。
以前連れてきてもらった時、
円卓を囲むは十二の椅子。白と黒の正方形で埋め尽くされた大理石の床に、神殿を思わせる、精巧な造りの柱の数々。
部屋の隅で
ここで起こることは、口外厳禁。
ほんの少しでも流出させてしまったが最後、かつて人類に火を分け与えたとされるプロメテウスのように、大鷲に回復する臓器を、何度も何度も食い荒らされる拷問を受けなくてはならなくなるそうだ。
これは『神様』を精神的に殺す方法としては、最高の刑罰となるだろう。
ちなみに、『神様』のような特性をもっていなくとも、何に対しても興味をもてなくなるようにし、死と同義の生を押し付けられるのだという。
そうなれば、もうこの世界で実質的に生きていくことは不可能。
天界からも追放され、下界でも気味悪がられ、そして、どこかの山にでも身を置きながら、静かに本当の死を待つことしかできなくなる。
だから、ここにいる『神様』に仕える者は皆、険しくも真剣な顔をし続けているのだ。
私は、迂闊に溜め息も吐けないこの状況を、未だ飲み込めていなかった。
ここまで来られたのは良かった。
当然ながら、何事もなかった訳ではない。不審なことはいくつか起こった。
でも、我が身に一つの傷もつくことなく、この目的地に辿り着くことができた。
眼前には、六柱の『神様』が、その円卓に座っていた。
それぞれ頬杖をついていたり、何もない空間を眺めていたりと、当の『神様』達は随分と自由に過ごしている。
どこまでが許されるのか、判断が難しそうな態度だらけで困惑の念は収まるところを知らなかった。
そして中央に当たる位置、一つ上の段に座る老体が、何も言わず私を見つめてきていた。
そう、彼だ。彼が私を、遥か昔にここまで連れてきた。
その名は――全知全能の神ゼウス。
あの時は、他の『神様』は出払っていたけれど、確かにこの場所を私は踏んだことがある。
でも当時、彼の方から私を遠ざけた。
もう近寄るな。俺は、お前のことが嫌いだと。
これ以上関わってきたら、俺も容赦はしないと。
前の日まで二人で笑い合っていた。
手をつなぎ、星を見て、孤独なら寂しい夜も、二柱寄り添って乗り越えてきたのだ。
あの日々が私の神生の中で、最も輝いていた。
唐突に捨てられたことは、正直理解できなかった。
じゃあ、昨日までの言葉は全部嘘だったのか。そう問いただしたくなった。
あの表情も、あの仕草も、あの日々も。何もかもニセモノで、私は遊ばれていただけだったのか。そう泣きついてみたくなった。
言いたいことは沢山あった。言えないことばかりが胸に
急激に仲を深めていたあの時期に、オズの研究は進められた。
私の存在意義は、オズの為だけだったのか。そうだったなら、勿論悲しい。
好色めいていた男神であったことは間違いない。
色恋沙汰の話は絶えなかったし、他の女神に気を取られている時間は、私が隣に座っている時もあった。
でも、仮にもしそうであったなら、私がオズに傾倒してしまったのも必然だったと言えるだろう。
そう思い込んで、新たな仮面を被って、私は私を、そう――ムネモシュネを生きてきたのだ。
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