4-2.真のつくような記憶

※今回も前回と同様、ムネモシュネ視点から展開されていきます。



 今日、私が『金の領域ここ』に来たのは、ゼウスの真意を確かめ、『幻の十一柱目』にかかる呪いを一旦解呪してもらうためだ。

そのために必要な段階ステップは全部で三つ。


 一つ目は、とある女神の確認をすること。

これがいたとしたら、『今』運よく生きられているだけで、天空で死ぬことが確定してしまう。

それだけは絶対に避けたいが、既に詰んでいる状況も想定されるため何とも言えない。

脳内で固く手を組み、己に祈り続けた。


 二つ目は、私の思いを伝えること。

私達は会話し切る前に、ゼウスかれに迫られる形で関係が解消となった。

私はその後、『神様』としての尊厳を失い、従者と共に寂しく天空一階層――『鉄の領域』で暮らすことになったのだ。

いや、そこでしか暮らすことができなくなってしまった。そう言った方が正確だろうか……。

 ともかく、ここで思いを吐く。

少しでも私が抱え続けていた気持ちを理解してほしい。そうしないと、これまでの神生が報われないから。


 そして、三つ目は、対等な会話をすること。

これは真意を知るためには必須な条件だ。

私達はお互いに前科のようなものを抱えている。

だから、それを乗り越えるためには、ほんの少しの勇気が必要になる。

一つ目が問題なければ、覚悟を決めよう。二つ目で布石も打ってある。

深呼吸で、揺れる呼気が排出される。

大丈夫、私を信じてくれたロビさんのためにも、失敗する訳にはいかない。


 クロノスは言った。ゼウスは、ヘラに私を傷付けられたくない一心で、嫌いになったような態度を取ったのだと。

俄かに信じ難い事柄だ。あんな拒絶の仕方をしたら、誰であろうと関係は終わってしまうだろう。

どれほど高い親密度をもってしてもきっと敵わない。救われない。

自分以外にも相手はいる。こんなに格好良くて、強くて、権力をもっているのだから、当たり前のことだ。

実際、何度も逢引きしている様子も確認していた。

それを見て見ぬ振りをしていたのは、ちゃんと言葉と行動で私に愛を伝えていてくれたからだ。

毎日のように逢いに来て、ギュッと抱き締めてくれて。仕事で疲れている筈なのに、私の身体を気遣ってくれた。


 自立した形態であると目立ってしまうため、色々な生物や植物に変身して私の元までやって来た。

時には蒲公英タンポポの綿毛になって飛んできた。

両耳を撫でた突風が、薄緑を纏った白を連れてくる。

私を正面から抜き去って上空へ、渦巻く白は段々人型の輪郭を描いていく。

一気に集まって、姿を見せたゼウスは、最早美しさすら感じた。

いつもはだらしなかったり、疲れたような顔を見せたりしているのに、その時ばかりは絵画のように見えた。

私だけの光が、そこにあったのだ。

その笑顔も、その出で立ちも、その声質も、全部全部大好きだった。

それでも、現実は私をどん底に突き落としてくれた。

もう自分に価値はなく、俗に言う捨てられた女に成り下がった。

そう言い切れるほどに、私に対するゼウスの目も、周囲の神々の目も、変っていってしまったのだ。

この人だけは信じられる。この人の言葉だけは、世界の誰もが疑っていても信じて上げたい。

そんな存在に面と向かって、壁をつくられる。

その壁に言葉が伴うことで、無条件に飲み込んだ排斥が、喉に、食道に、そして何より胸に火傷を負わせてしまったのだ。

傷は未だ……いや、一生癒えることはないだろう。いつまでもどこまでも残り続ける。


 ここに来ることを許された。それだけでも嬉しかった。

そもそもこの階層にすら踏み入ることを許されないと思っていたから。


 そう言えば、今日は全員いないらしい。

……そろそろ確認の時間に入っていく。

六柱の『神様』しか座っていないため、空虚に置かれた椅子が物悲しく並べられていた。

私は当初の考え通り、ある影を探した。

そう、こうまでして私がここに来たくなかったのは、ゼウスに突然の別れを切り出されたからであって、その元凶は彼の正妻ヘラだと言われていた。

ヘラの顔は女神の中でも取り分け見目麗しい容姿をしていることから、度々絵画の原石モチーフとして描かれることがあった。

そのおかげもあって、最下層に暮らさざるを得なくなった私でも、その顔だけはわかっていた。

私と付き合っていたときは、まだヘラと結婚もしていなかったときの筈ではあるが、何となく恐怖もあったのか、ゼウスは同棲をすることだけは反対した。

もしかしたら、そのときには結婚はしてないまでもヘラと同棲に発展していたのかもしれない。そう思うと、私は益々惨めな気分を味わうこととなった。


 ――私の知るヘラの顔は、今日いる六柱の中にいなかった。

まぁ、正妻と呼ばれる以上、女神であることが確定するため、三柱までには絞れるのだが。

 とにかく、ここにヘラはいそうになかった。まずは第一関門突破といったところだ。

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