『空地決戦』編
4-26.揺らぎは呼吸をするようにⅡ
※今回は、最後のパートのみエク視点で、それ以外はザビ視点となっています。
――今宵、『
これは口外してはならず、お主に拒否権はないと思え。
作業後、シャワーでも浴びてから来ることだ。
あと、忘れずにおめかしもしてこい。いいな? 待っているぞ。
どこかの誰かより。
自室の扉を開けると、名前の板に挟む形で、手紙というより招待状のような物が残されていた。
肌触りの良い、何とも高そうな紙だった。
その中に書かれていたことが、『今』読んだ内容。
途轍もない上から目線に、への字に曲がる口もあったが、まぁ、拒否する理由もない。
おめかしなんか、てんでどんな格好をすればいいのかわからないが、とりあえず行ってみるっきゃないだろう。
俺は軽く考え、復帰初日の作業場へと向かうのだった。
作業場ではなぜかロビにピッタリとくっつかれていた。
別に何かを話す訳ではないのは、前一緒に作業した時と同じだった。
そうして、若干の違和感を抱えつつも迎えた休憩時間。
俺とロビは共に急ごしらえの腰掛けに座り、一息つくことにした。
「それにしても大分と進んだな。復興作業」
第一声は俺から発した。
なぜかロビはもじもじしていて、話しだし難そうにしていたからだ。
今日は歯に何かが挟まったような感覚が、そこかしこの対応に付き纏ってくる。
朝の招待状から始まり、現在も絶えず行われているロビの密着。
何が目的なのだろう。はっきりと明言されないこの状況が、はっきり言って不安だった。
明らかに何者かが企みを働かせていることは理解できるのに、こちらから尻尾を掴みに行くことはできない。
唯一の手掛かりがきっと『今』横にいるロビなのだろうが、何かわかることがあるだろうか。
「は、は、ハイソウデスネ、オニイサマ」
「おいおい、どうしたよ、ロビ!
何か様子がおかしいぜ?」
「いえッ! 決しておかしいところなんかございませんよ!
ヒューヒューヒュー」
「下手な口笛で誤魔化すんじゃねぇ! おらっ、吐け吐け!
俺達だけの内緒にしてやるから!」
「いーやーでーすー!」
俺の頬っぺた伸ばしにも屈せず、何かの秘密を頑なに守っている。
どうしてもこうしても吐かないみたいだ。……しょうがない。
伸び切った頬を解放し、頭上に手を置いて、ポンポンと叩いた。
「ま、でも! こうしてまた兄妹で同じ空間で過ごせてるんだからいいよなっ、ロビ!」
「お兄様……!」
今度は自然由来の赤みで頬が染まったかと思うと、肩甲骨付近をバンバンと叩き始めた。
「お、ちょっ、止めっ、止めろよ! 痛ーじゃねぇか、このヤロー!
こうなったら、容赦しねぇぞ! おら、これならどうだ!」
「えへっ、止めてよ、お兄様ぁ! あはっ、くすぐったいから!」
俺は仕返しに脇腹をくすぐってやった。
幼少期を思い出す。家にある物を遊び尽くして、もうやることがなくなってしまった時、こうしてくすぐり合いをしたものだった。
あの時から、俺達の根っこにあるものは何一つ変わっていない。
兄としての俺と、妹としてのロビは、『今』も尚、この王都で共に生きている。
この時間がずっと続けばいいのにな。
密かな願望に心を委ねた休憩時間は、やがて過ぎ去り、午後の作業もつつがなく進んでいった。
恐らくは、損壊具合から考えて、全体の五割といった進捗状況だった。
幸い、スビドー王国より王都は被害の規模は少ない。
これが終われば、今度は俺達もスビドー王国に行くことになっている。
「さてと、今日もお疲れさん。じゃ、また明日な、ロビ」
「え、お兄様。今日は酒屋には行かないんですか?」
「え、えぇと、うん。そうそう、今日は行かない。
まぁ、初日だし、疲れてるしな! ほんと、今日は一緒に作業できて嬉しかったぜ、ロビ」
俺は口外してはいけない
最後に見えたロビの顔は僅かに笑っているように見えた。
×××
――ようやく準備が整った。
まずは砂まみれの服を脱ぎ捨て、洗濯置き場へ、それから大浴場に向かい、一日の汗を流す。
そこまでをトントン拍子で終わらせ、次に取り掛かるべき課題はおめかし。
何を言っているのかさっぱりわからない。
俺に何を求めているのか。これといった服なんかなかった筈なんだが……。
自室に戻り、服の入っている戸棚を見ると、そこにはなんと見覚えのない服が入っていた。
上品な色合いに、滑るような肌触り。こんな物、誰が用意して、この中にしのばせたのだろうか。
寝台の方に目を向ける。ポツリと置かれた招待状の切れ端が目に入った。
きっとこれを送りつけてきた人物の犯行だろうが、この胸がぞわぞわする気持ちは何だろう。
……まぁ、四の五の言っている時間もあまりない。
仮にだが、宴会が開かれるとして、どんな立ち位置かもわからないのだ。
遅く行けば、迷惑になってしまう危険性も高まる。早く行くことに越したことはないだろう。
さぁ、出発だ。
なぜか緊張してきたが、気にすることはない。ただの茶化しであれば、即刻怒鳴りつけて帰れば良いのだから。
用意してもらったであろう服に身を包み、廊下へと飛び出した。
いつもなら、誰かしらどうかが歩いているその場所には誰一人いなかった。
何が起こっている。まさか敵襲か。
どうしよう。謎の招待状にかまけて、作戦に迷惑をかけているとしたら……。
嫌な妄想はどんどん膨らんでいき、足も次第に加速していく。
突っ走っていく道中にも、人っ子一人見受けられない。
そして、遂に俺は辿り着いた。目的地――『
そこには、沢山の人がたむろして、俺を見つめてきていた。
何が起こっているのか、まだわかっていない。
どうしよう、どうしよう。やっぱり俺、遅れてしまったのだろうか。
そしたら謝らなくては――。
俺が、地面に手を当て、謝罪の言葉を述べようとした時、真ん中に立っていたイノーさんから、大きな声でこんなことが叫ばれた。
「――ザビ少年! 誕生日おめでとう! 心から祝福するよ!」
それは、俺を糾弾するための集まりなどではなかった。
それは、俺にとって喜ばしいこと。こんなこと、これまであっただろうか。
――こんなに大勢の人に自分の誕生日を祝われたことがあっただろうか。
きっとなかった。俺の短い人生の中で、初めての出来事だ。
どうして、誰が、どんな風に。疑問は尽きない。でも、嬉しい。
何より嬉し過ぎる事実、その光景だった。
俺はどんどん前に進んでいく。
中心を通る俺に、後ろに流れていく人々が、口を揃えて「おめでとう」と言ってくれる。
なんて幸せ者なのだろう。なんて恵まれているのだろう。
そう時間も経たないうちに、俺の胴上げが始まった。
空と地面を行き来する。空が近くなって、地面が遠ざかる。
また空が遠くなって、地面が背中を捉えんとする。
何度も何度も繰り返され、振り回される俺の身体は、全てを受け入れていた。
皆、笑顔に満ちていた。もう酒でも飲んだのだろう。どこかから酒の匂いが漂ってきた。
匂いは酒だけじゃない。他にも沢山の料理の匂いが鼻腔をくすぐった。
「皆、ありがとう! こんな経験、俺初めてだ! 超嬉しいぜ!」
「嬉しい、ですか……。良かったです」
「君の喜ぶ顔が見たかったんだ! さ、今日は存分に楽しんでくれよ、ザビ少年」
それから宴の幕が上がった。
飲んだり、食べたり、歌ったり、踊ったり、皆好き勝手して楽しんでいる。
誰しもが笑顔を見せ、誰しもが楽しんでいるようだった。
かく言う俺もこの雰囲気に飲まれる形で、豪勢な料理をたらふく胃袋に流し込みながら、踊り暴れていた。
今日逢ったような、初対面でも関係ない。飲んで歌えば、皆友達だった。
肩を組むのも当たり前で、拳を突き合わせるのも造作はなくて、だから――。
その時近付いていた暗雲に気付きもしなかった。
その日は、日中から雨は降らないものの、曇り続けてはいた。
違和感を増長させたのは、そのことも理由だったのに。
宴が始まれば、そんなこと疾うに忘れてしまっていた。
そうして、事件は起こった。
最初に起こったのは、激しい地震。
どこもかしこも地獄絵図。血さえ出ていないが、もう宴なんて言っていられない程の惨状だった。
目を凝らした先、『
そこから、急降下し、地面に突撃する。大きな地割れを起こしながら立ち上がった姿に、一瞬で血の気が引いた。
「お、お前は――」
その存在は、ゆっくりと口角を上げながら、己の紹介を始めた。
もったいぶらなくとも、知っている。
過去に一度邂逅も果たしている、あの最悪の象徴。巷で噂の――。
「やぁやぁ、馬鹿を極めた人類の皆さん。
俺は、貴方方の敵、『
これより貴方方は、滅亡の一途を辿りますが、ご安心下さい。必ずより良い世界を創造しますから」
御大層な口上が、最早戦う状態ではない俺達に投げかけられた。
どうしろと言うのだ。俺も勿論飲んで食べているが、その他の組織員達も、酒まで入っている者が殆どで、まともに動ける奴が見当たらないじゃないか。
俺は、回らない頭を右手で殴り続けていた。
×××
こんな状況になるとは聞いていない。
もっとこじんまりするものだと思っていたのに、どうしてこんなにも盛大にやっているんだ。
僕はただザビに、いやあの同姓同名に、事の真偽を確かめなければならないんだ。
場合によっては――いかんいかん。
とにかく
あんな人込みの中、どうやって連れてくるんだ。
もう諦めるしか……。いやいや、折角お母様との約束も結べたんだ。
お母様も待ってくれている。だから、行かなくては。
できることをしよう。その辺の奴に話しかけて、それで……。
「あ、あそこに隠れてるの、総統さんじゃない?」
「あ、ほんとだ。いや、でも、また
おい、僕の飲み物取ってこい、みたいな!」
「うっはっは、わかるわかる。
どうせロクなことにならないんだし、ほっとこうぜぇ~」
「そうだな! 飲も飲も、今日くらいはしゃいじゃおう!」
二人組だった。僕の姿を見た途端、僕に聞こえてないと思って貶し始めた。
僕がやってきたことは理解している。
簡単に受け入れられるとも思っていない。
でも、そうか。こんなに、嫌われてたんだな。
ちっぽけな両手には、ポツリポツリと水が零れた。
胸はずっと痛んでいる。もし仮に、アイツが、あの輪の中心にいるのが本物のザビだとしたら――。
嫌な想像が脳裏を過ぎった時、僕はその場から走り去っていた。
一直線にお母様の元へと向かおうとしていた。が、次の瞬間。何か喚き声が聞こえた。
一瞬、動きを止める。歯軋りをしながら、『今』来た道を振り返った。
喧騒の光は消えない。でも、確実に何かが起こったことだけはわかる。
地面を向いた。弱っちい手と、まだ小さい足が見えた。
何度か地面を爪先で叩いてみる。跳ね返りがあった。
痛かった。生きていた。僕はここにいた。
もう一度、元来た道に目を向ける。
喉仏が鳴いた時、僕は走り出していた。
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