4-25.新たな風Ⅱ

※今回も前回と同様、三人称視点で展開されていきます。



 暫く、ヘラは身体を硬直させていた。

が、やがて口の前にもっていかれていた手が下ろされ、上がっていた肩も定位置へと戻っていった。


「こんなの『オリュンポス十二神』にもできなかったし、『今』も現在進行形でできていないことなんだけど……」


「まぁ、そうだろうな。

あんな生温かい集団であるなら、それもしょうがないだろう」


「生温かい?」


「そう、生温かい。アイツらは人類の命を大事にしているようだった。

いつからか変わってしまった。元はと言えば同じ穴の狢だった筈なのにな」


「…………」


「俺が行ったのは、別におかしなことじゃない。

アイツらと何ら変わらないことをしていた」


「じゃあ、どうして」


 口答えしそうになった口を、今度はタナトスの方から奪い取った。

ヘラは目を大きく開けたが、理解が及んだ瞬間、口を全て明け渡した。

やがて二人の鼻から漏れ出す息だけの時間が過ぎ、光の糸が垣間見える。

とろけたような表情のまま、ヘラは彼を見つめていた。


「繰り返していたんだ。ずっと。

ほら、あそこに見える、『神種ルイナ』を使って……」


 彼が指差した先、そこには鎖でつながれた何かが二つ確認できた。

彼が言うには、アレは『神種ルイナ』であるらしい。

俄かに信じ難いが、これは現実。

その血を使って、王都やスビドー王国を攻め立てたのだろうか。


 『神種ルイナ』の存在を示唆した彼は、したり顔はし続けていた。

それとは打って変わって、ヘラは自分の意志がないような顔をしている。

一体彼女に何が起こっているのだろう。

決定的な変わり目は、彼からキスを受けた後。

そこから目に精気がなくなり、焦点が定まらなくなっていた。


「おやおや、どうしたのかな、ヘラ。

眠くなったのなら、さっさと自分の寝室に帰るんだ。

後、もうここには来るんじゃないぞ。

お前なんかが来ていい場所じゃないんだからな!」


「……うん。わかったよ、タナトス」


「よろしい。…………俺の魔法――『理死パペット』が効いてきたようだ。

この魔法によって、ヘラはもう俺の操り人形だ。強い駒が手に入ったな」


 彼は、何か魔法をかけたらしい。

基本的に魔法は、皮膚間での接触を条件とする場合が多い。

先ほどは深いキスが行われた。

彼の狙いは恐らくここにあったのだろう。


 彼は再度、容器に入った二体のドラゴンを見ていた。

じっと見つめる視線には、並々ならぬ思いが溢れているようだった。


「思えば、長かった。もう何年経とうとしているのだろう。

下界を襲い始めたのは、約十年前。

段階的に実験を進めていき、回を追う毎にどんどんと良くなっていった。

ここ最近の、確かスビドーに送ったドラゴンが決め手になったんだ――」


 一人になったからか、突然語り出したタナトス。

思いは止まらないらしく、言葉は途切れることなく続いていく。


 ――スビドーに送ったドラゴン。あれは失敗だった。

あまりに危険が過ぎる創造だった。

神種ルイナ』の血の分量が多過ぎたことによって、『寄生種パラサイト』の特性が色濃く出てしまったドラゴンになった。

あれじゃ、ドラゴンと言えるかも怪しいものだ。

事実、最後には宿主にした人物の姿形のままになっていたと

でも、それがあったから、最後の一歩ピースが掴めた。

全ての采配が完璧に重なった。もう後は血だけなんだ。


 ここまで一気に語ると、満足したようにふぅと息を吐きだす。

そのまま何事もなかったようにその場を後にしようとすると、そこにまた新たな存在が顔を覗かせた。


「おぉ、お前も来ていたのか――『裏切り者』さんよ」


「そいつぁ、何てひでぇ言われようださぁ!

儂だって好きでやってる訳じゃねぇんだどもよ」


 大分と訛りが酷い、謎多き訪問者。タナトスからは『裏切り者』とまで称されている。

彼は正面に立つと、わかってるよなと、胸元に人差し指を突き立てる。


「わかってるも何も、人類を殺せばいいんだろ?」


「おいおい、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。

何も人類を殺すためだけには下界に降臨しない。

俺達が下界、それも王都へ降り立つ理由――それは、三人の人類を回収するためだ。

詳細はこの紙に書いてある。しっかり読んでおけよ」


 そう言って、彼はもう一方の空いた手で隠し持っていた紙を差し出した。

その紙を素直に受け取る謎の存在。


「へいへい。じゃ、頼みますじぇ、タナトス」


「任せておけ」


 ここで二つの影はいなくなり、音という音は消え去った。

これより始まる、最低で、最悪な決戦が巻き起こることを予見させながら。

チラリと見えた紙には、大きな文字でこう書かれていた――『空地決戦』、ここに決す、と。

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