4-33.似た者同士の覚悟

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 突如として始まった、お父様との意思共有。

お母様の魔法が発端となったのは何となく察したが、問題はそこからだ。

疑問は止みそうにない。どうしてこのタイミングで僕と意識がつながったのか。

お父様は、心置きなく成仏するためと言ったが、その真相はわからない。

疑問は疑問で埋まることはないのだ。そこには必ず『答え』がいる。

さぁ、早く。早く『答え』を教えてくれ。


――まぁだ、わからないみたいだな。だったら私が懇切丁寧に教えてやろうッッッッ!

さっき魔法の詠唱を聞いただろ? その魔法の効果が関係してくる。何だと思う?


 また投げてきた。お父様はどうやら僕と話がしたいらしい。

そう言えば、僕はお父様とあまり会話をすることはなかった。僕はそこまで人付き合いが上手い訳じゃない。

根底に向き合おうとする意志がなかったのだし、当然のことと言えるのだが……。


――わからないから、黙っているんだ。


 僕は、絞り出すように声を発した。咄嗟の反応を抜かせば、初めての返答になっただろうか。

お父様の表情は計り知れない。脳内に響くこの声だけが、『今』のお父様の全てだ。

 なのに、何の反応もなく、この交流は一旦の終わりを向かえた。放置された僕に何をしろというのだ。

当てもなく彷徨う思考が、必死にお父様の面影を探り始めた――。


 僕は、お父様のことを心から尊敬していた。それは間違いない。

だって、あの勇姿は正しく英雄だったもの。だからこそ、殺す必要があった。

絶対は絶対でなければならない。『答え』は一つに、その器が一つなら、一人に絞られなければならない。

お父様と僕。最初から共に生きることはできなかったのだ。


 お父様のは、昔から変わっていない。家臣にはよく怒っているのだと勘違いされていた。

まぁ、無理もないだろう。第一声は外すことなく大声で、言い終わるときには語尾を伸ばしがち。

普通の人ならキレて人を煽るときにしか使わない発声方法だった。

それでも、お父様が人を惹きつけたのは、圧倒的存在感カリスマの為せるわざ

ニグレオス王国を瞬く間に大国へとのし上げていったことが、その何よりの所以だった。

多くの人を引き連れる姿は格好良かった。


 そんなお父様の一番の偉業として挙げられるのは、やはり『完全体竜封印作戦』だ。

これは後に付けられた呼び名だが、ニグレオスと聞けばこの名前を思い出すほどには、広く浸透した名称だった。

作戦内容は以下の通り。推定個体、完全体呼思竜の討伐断念による、『禁忌の砦』への封印作戦。

お父様達は、ドラゴンを討伐する力にまで至ることができなかった。

選べる手札に封印しかなかったために、この作戦を決行したのだ。

『禁忌の砦』なる、大きな砦を建築し、その中にドラゴンを閉じ込める。

ただドラゴンは人類など軽く捻り潰すことができるほどの巨体をもっている。

だからこそ、卵の形状を想起させる休眠状態にすることで、動きを抑制することを試みた。

その試行錯誤も実ってか、結果は見事成功。当時は誰もがこの偉業を讃え、お父様を人類の希望として祀り上げた。


 だが、実はこの作戦も失敗に終わっていたのだ。

それを決定付けたのが古の禁忌、『禁忌の砦』に、僕とザビの二人で行った時のことだった。

あの時、僕達はドラゴンと交戦状態になり、結局砦から逃げられてしまったのだ。絶対に逃げられない砦だと豪語されていた筈なのに……。

これでは、お父様の評価が


――わかったか。


 急にお父様が口火を切った。一言も話さなくなってしまっていたのに、どういう風の吹き回しだろう。

話しかけてきた時の声とは打って変わり、酷く落ち込んでいるような印象を受ける。


――私は、劣等生だった。


 信じられない言動だ。お父様は皆に慕われて、一国を軌道に乗せて。

お父様は、僕の目指すべき――。


――英雄にはなれなかった。


――違う。


 これには反論せざるを得ない。だって、これに頷いたら、僕のやったことはどうなるんだ。


――違ってなどいない。私は、何一つ成し遂げられなかったんだ。


――封印が壊れたことを言っているのか? それなら……。


――そうだ。あれは、私がとある存在に教えてもらった方法を試して建てたものだった。


――……『禁忌の砦』。


――あぁ。私は、人々に見せる顔を大事にしていた。

それが結果につながった時、本当に嬉しく思った。だから、過信した。


 なんだ。


――とある存在は、私に告げた。

『時は未だ満ちていない。対抗する手段は、息子達の血を使うことだ。

その血は、ドラゴンを休眠状態に陥らせ、その封印すらも可能とする檻を創ることができる。

やるかやらないかは、お前に決めてもらう。やるとするなら、こっちは協力する気持ちはある』と。


 なんだ、この嫌悪感は。


――私は、世間の評価を優先した。その申し出には、首肯を返したんだ。

そして、完成したのが『禁忌の砦』。そこから敵わないとわかっている相手に多くの人員を割きながら挑み続けた。

暫く時間がかかってしまったが、何とかドラゴンを無力化し、その中にぶち込んだ。

……でも、所詮私は器ではなかったんだ。


 気持ち悪い。


――砦には多くの穴があった。

血を権限と見なす習性。これにより、エク達の侵入を可能とした。

そして、血の不足による、束縛不全。これにより、絶対に出られることはないとされたドラゴンは逃げていったそうじゃないか。

私が直接見た訳じゃないが、エクの頭の中を覗かせてもらった。これを見て、軽く絶望したよ。


 止めてくれ。


――私は、ずっと己の無力さを呪っていた。少しでも規格外でありたいと、切に願っていた。

だから、奇人を演じ、時に人を困らせながらも、その存在感カリスマを高めていった。


 もういいんだ。


――私は、お前達が羨ましかった。特にエク。お前には、本当に嫉妬した。

まだ小さいのに、私なんかよりずっと強く、物事を達観して捉えているように見えた。

こんなに自分を取り繕わなくてはならない自分を惨めに思う日々だった。


 は。何を言って……。


――だから、だからな。私は、エクに殺されて良かったと思ってるんだ。

私の伝説を生かしたままに、お前がこの国を治める。理想的な幕引きだと感じた。


 なんで。


――とどのつまり、私に英雄としての素質は皆無だったということだ。最後に、これだけは伝えたかった。

さっきのは、実にいい思考だった。それは大事にするといい。

エクは昔から、人のことを考えなかったからな。

こうやって、『今』の少しの時間だけでも、私のことを考えてもらえた。向き合ってもらえた。

これだけで、天国にでも行った時の土産話ができたってものだよ。


 …………。


――さて、答え合わせをしよう。もう死ぬんだ。

取り繕って言う必要もないな。


――うん。


――お、どうした、エク。


――いや、ちょっと……。返事してみたかっただけ。


――……へぇ、そうか。どうだ、どう思った?


――うん。温かい。


――はは、いいじゃないか、その感性。……あぁ、なんか別れるのが寂しくなるなぁ。


――そうだ。なんで成仏しなきゃいけなかったの?


 僕の一言。自発的に出た質問は、間髪入れずに答えられた。


――あぁ、それはな。ルビーの魔法によって、私の命が、エクの命に変換されたからだよ。

最後は英雄として死ねるんだ。偽りの英雄に、華もたせてくれてありがとな!


――そんな、だったら僕の方が。


――おっと、そろそろ時間みたいだ。でもよ、最後に少しだけ頼みを聞いてもらえないか?


――え、なに? まだ僕の話が。


――いや、簡単なことだ。十秒で良い。

エク、私にお前の身体を十秒だけ明け渡してくれないか?


――え、そんなこと? 全然いいけど、でも。


――いいのか! 嬉しいよ、ありがとう!

……でも、なんだよ! 最後ばっかり五月蠅くなりやがって。

なに? 僕の方がお父様より英雄じゃない? 馬鹿言うんじゃないよ。


 そこで、言葉は一度途切れ、お父様の呼吸が整えられるのが伝わってくる。

ゆっくりした時の流れの中、これまでで一番優しい声音が僕の全身に響き渡った。


――お前は、立派な英雄だ。人類を守る、唯一のな!


 最期の言葉が耳に残る。胸には温かいものが流れている。

たった『今』まで、これはお父様の命。ありがとう、ありがたく生きさせてもらうよ。


 全部言ってくれた。僕はどう感謝していいのかもわからない。

結局、僕は振り回される。でも、それでいいんだ。

覚悟はできた。最期の言葉が、僕の生き方だ。


 意識の覚醒した僕は独りでに動き出す。

見る見るうちに建物の上まで駆け上がり、疲弊し切った王都を眺めながらこう叫んでいた。


「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!

諦めるなよ、『ラスターつなぐ者』の名、この世にある限りッッッッ!」


 ザビの輝く双眸が見えた気がした。

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