4-23.可能性の継承Ⅱ

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 一頻り二人で笑い合った後、その表情を崩さないままで、お母様は僕にこんな質問をしてきた。


「ねぇ、エク。アタシ達の名前って、すっごく特徴的じゃない?

アタシの名前は、ルビー・ラスター・シセル。で、エクの名前は?」


 急に、投げられた主導権に、あたふたしながらもゆっくり答える。


「……エク・ラスター・シセル」


「そう。実は、この中間名ミドルネーム、フールが考えたんだよね」


「えっ、そうなの?」


「うん。でさ、なんでこの名前ラスターにしたか、知ってる?」


「うーん。聞いたことないや」


「ふふ、なら、今日は『ヒヨッコ同盟』結成記念ってことで、特別に教えてあげるね」


「勝手に結成しないでよ」


「あっはっは。まぁ、長い物には巻かれとけって!」


 はぁ、いちいちツッコんでいくのも疲れるな……。

ここは、お言葉に甘えて、巻かれておこう。無限に続くより、まだマシだからね。


「……わかったよ。じゃあ、教えて、お母様」


「おっけ。ラスターは、継ぐ者、つなぐ者の意味さ。

名前と名字をつなぐ役割とする中間名ミドルネームと、過去これまでをつないで未来これからを築いていくという意味も込められている。

実にフールらしいというか、何というか……」


 『つなぐ者ラスター』、か。

うん。格好いいな。……好きだ。

僕は名前にそこまでの頓着はなかった。

英雄にしか興味がなかったからだ。

何となくでこの名前を名乗り続けていた。

でも、意味があった。思い直した『今』知ることができた。

過去と未来をつなぐ、この『今』に。


「皆、生きていた。お父様も、お母様も、忘れちゃいけないこの僕も。

奪った『今』があって、僕の『今』が続いている。

全部つながっているんだ。

だから、大事にしなくちゃならない。責任は果たすことで意味を成す。

…………やるよ、僕。英雄お父さんをつないでいくからね」


「エク……!」


 お母様の目尻には、綺麗な水滴が溜まっていた。鼻を啜る音が聞こえる。

不器用でも、照れくさくても。ここにいるなら、ここにいるから。


――やる。やってやる。


 遅いかもしれない。認めてくれないかもしれない。

誰もに冷たく当たってきた。誰もに恨まれる行為をしでかしてきた。

指差されても、笑われても、泣かれても、叩かれても、何も文句は言えない。

過去がそうしたんだ。


 でも、その過去さえもつないで、未来は皆で、肩を組んで笑いたい。

今日、初めて心の底から笑うことができた。

一切混じり気のない、純粋で無垢な笑い。

僕の人生においての初めてが、こんなにも嬉しいものだと知れたから。

だから、柄にもなく望んでしまった。望みたくなった。こんなにも幼めいた願望を――。


 その時、遠くから鐘の音が鳴り始めた。

そうか、もう休憩時間も終わるのだ。

まだまだスビドー王国は、僕達の手助けが必要だ。

曲がりなりにも、多くの人や物を奪ってしまった。

建物さえも破壊し、雨風を凌ぐことを軒並み不可能にした。

この罪は重い。明日から、野宿しろと言われて、誰が直ぐに了承できる。

やった借りは返さなければ。


 僕は、リーネアの目をまた捉え直す。

相好の崩れた顔は、何だか愛おしく思えて、名残惜しいようで。

でも、その未練を振り切って、きっぱり事を告げる。


「僕、もう作業に戻らなくちゃ。仮にも総統だからさ」


「エク」


「え」


「――誕生日おめでとう。何もあげられないけど、せめて……」


 そう言って、小走りで近寄ってきたかと思うと、僕の肩に手を回してきた。

耳元に吐息がかかる。汗なのか何なのか、背中を定期的に水が伝っていった。

漏れ出すお互いの声が、混ざり合って一つになっていく。


 この身体は確かにリーネアのものだ。

別に変な気は起きない。起きないけど、なんだろう。

このむず痒いような感覚は……。

 でも、そうか。そうだったか。

もう祝う習慣がなくなってから、随分経ち過ぎて、自分の誕生日がいつだったかも忘れてしまっていた。

……あぁ、なんかあったかいな。

皆は、一年に一回、こうして誰かと抱擁ができているのだろうか。

温かさを感じられているのだろうか。

ふと疑問に思った僕を知ってか知らずか、お母様はこんなことを口走ってきた。


「エクの誕生日が来て、その二日後にザビなんだよね。そうすれば……」


 何だって……⁉

ザビの誕生日ももうすぐだったのか。

ザビは僕が殺した。死に絶えていく姿を、この目で確認した。

ドラゴンの爪牙は確実にザビを葬り去っていた。


 でも、僕には一つ。信じられない仮定が生まれつつあった。

これは、お母様の真実を覗いた時のこと。沢山の知らない情報で溢れていた。

お母様がリーネアの皮を被っていたことや、自分達が『神種ルイナ』に寄生された存在であることなど、本当に盛り沢山な内容だった。

その中には、僕がこれまで目にした光景の中で、点と点を結ぶような事実さえわかってしまったのだ。


 それこそ、そう、ここ――スビドー王国での戦い、『スビドー竜征討戦』において見せた、へイリア復活劇だ。

これはもしかして、『神種ルイナ』に関係しているのではないか。

関係しているとしたら、誰が一番の候補に挙がってくるか。

それは勿論、言うまでもない。あの、僕がよく知る人物、その同姓同名――ザビ・ラスター・シセル。

ラスターを冠する、王貴族であることを自称しているような名前の男だ。


 へイリアが倒れ伏した後、再度話した言動は同姓同名男そのものだった。

これはつまり、王族であることが予想されるザビ・ラスター・シセルが、『神種』の能力を用いて、へイリアに乗り移ったのではないか。

となれば、あの僕が殺した筈のザビとの関係を考えざるを得ないが、これも仮に不死身の魔法があったとするなら、理屈は通るのではないだろうか。


 これはあくまで推論。でも、可能性は高いように感じる。

聞いてみようか。一か八かか。でも、もしかしたらあり得るかもしれない未来これからだ。


――こんな現実が実現するなら、があってもいいんじゃないか。


 これで許してもらおうなんか思っちゃいない。

これはあくまで僕の決意表明。向き合っていくことの意志の表れ。

王都に帰ったら、話を聞こう。

でも、話を付けるなら『今』ここしかない…………気がする。

よし、決めた。

キッと眦を吊り上げ、お母様を少し乱暴に引っぺがす。

そして、渾身の思いを乗せて、お母様に頭を下げた。


「お母様、『ヒヨッコ同盟』結成記念に、もう一つだけ頼みたいことがあるんです!」


 お母様の顔は見られていない。

緊張からか、丁寧語になっていたことにも気が付かなかった。

僕はタイミングを見計らって、顔を上げた――。

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