4-22.『ヒヨッコ同盟』

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 つくづく自分を殺したくなる。

会話は生き物なんだ。常に動き続け、姿形を変えていく。

その変容についていけなければ、どうしても返答に窮してしまう。

これが力不足と言わずして、何と言おうか。


 お母様は生きていたんだねと言った。

生きる。その時を過ごす。時間が過ぎる。

……駄目だ。全く分からない。

言っている意味が入ってこない。でも、何か答えなくては。


 さっきからずっと助けてもらってばかりいる。

人と付き合うと決めてから、一回しか会話の球を投げれていない。

これでは駄目だ。僕には人付き合いにおける仮死期間ブランクがあった。

だから、早く追いつくには、もっともっと実践を熟す必要があるのだ。

何か言わなくては、何か言わなくては……。

 引っ切り無しに顔を縦断する汗が鬱陶しくて、何度も何度も腕で拭った。

その様子を見ていたお母様は、心配そうな表情を浮かべ、僕の目を覗き込んできた。


「貴方、大丈夫なの?

『今』だけで相当の寿命が縮んでいるみたいだけど……」


「え、えぇー! それは困るなぁ!

あー、何か対処法とかないのぉ?」


 無理やりだった。

先手を打たれた以上、もう空白は作れなかった。

お母様は、目を丸くし、口を大きく開けていた。

その状態で少し制止すると、一気に目尻に涙を堪えながら、声を上げて笑い始めた。

その緩急に、今度はこちらが制止の構えを取らされる。

お母様は、目尻に溜まった涙を拭いながら、僕の肩口をポンポン叩いてきた。


「そうか、向き合おうとすることに焦りを感じているんだね。

それは大変感心するところだと思うよ。でもね」


 そこで、一度言葉を切って、僕の目を無理やりにお母様の目と重ねてくる。

緊張から顔が真っ赤になっていく。

おい、僕は英雄だぞ。世界の頂点に君臨する、たった一人の英雄なんだって……言って、るんだけどな。

お母様は隠し切れないニヤけ顔を晒しながら、僕に止めを刺してきた。


「貴方はまだヒヨッコよ。そんなに背伸びなんかしなくていいの。

ゆっくり歩いていきましょう」


「――――ッ!」


 何とも言えない感情が胸中に渦巻いた。

頭から湯気が出てきそうな熱気を感じる。

顔はきっと紅玉ルビーのように赤いことだろう。

ダラダラと噴水のように湧き出る汗。

その勢いは、地面に池でもつくるようだった。


「ちょっと揶揄い過ぎちゃったかな。ごめんね、エク。

お母さん、息子との関わり方わからなくて……」


「……いや、いやいやいや! 悪いのは僕の方だよ!

僕なんか、これまでの人生で、こんな風に人を見たこと、一度としてなかったから。

初めてで、わかんなくて、緊張して、それで、それで……」


「あっはっは! リーネアに接していた時とは想像イメージ離れ過ぎで、なんか面白いかも。

……でも、真面目な話すると、きっとアタシ達似た者同士なんだよ。

生きる世界が狭過ぎて、知っているやり方が偏っていて……。

だから、自分を求めていただけなのに、人に迷惑をかけてしまう。

こんなアタシと一緒にされるのは、きっと嫌なんだろうけどさ」


「いや、寧ろ」


「寧ろ?」


 ヤバい。気付いたら割り込んじゃってた。

別に嫌な訳じゃない。確かにお母様は名前ごと抹消される程度には、極悪人の認識になっていた。

唯一と言っていい思い出も、実はお母様ではなかったようだし。

でも、ここまで話を聞いてきて、表層しか見ていなかったことを知った。


――もっと人と向き合ってみよう。


 そう思わせてもらえた、そうすることを是とする考えを教えてもらったことに関しては、お母様に感謝しなければならないことだ。

きっとそれは、お母様の経験に基づくものもあったのだと思う。

思い出したくもない過去を掘り起こさせて、学ばせてもらったのだ。

だから、だからこそ――。


「え、えと。寧ろ……なんていうか、こっちが謝らなきゃいけない話で」


「うん、えーと何の話?」


「だから! お母様と一緒って言われたこと。

それは光栄なことなのかもなって思いましたッ‼」


「なんでキレ気味なのよ」


「キレてないしッ!」


「キレてんじゃん」


「キレてないって!」


「……ップハ! あっはっはっはっはっは!」


「もう!」


「ごめんごめん。なんか新鮮でさ。

…………リーネアと逢うまでずっと一人で、アタシがリーネアになってから、また一人になって。

それからはずっと、こんな風に笑うこともなかったから。嬉しくてつい、ね」


「お母様……」


「思えば、アタシの人生って、あんまり人と関われない人生送ってきたんだって、『今』になって実感する。

そういう意味ではアタシ達、お互いヒヨッコなのかもね。結ぶ、『ヒヨッコ同盟』?」


「何それ、意味わかんない。なんか弱そうだし」


「あっはっはっはっは! これから強くなるんだよ! ……二人でさ」


「うん。そうかもね」


 ここで一度、会話が途切れた。

こんなに続いた会話はこれまでなかった。

僕もずっと新鮮だった。


 人と話すこと。人と向き合うこと。

それは一筋縄ではいかないこともあるが、楽しいひと時を過ごすこともできる。

まだまだヒヨッコだけど、道は見えた。

後は、その道を突っ走っていくだけ。

英雄への軌跡を辿るのと、そう変わらない。

意味もなく向けたお母様への笑顔。

それを受け、返してくれた表情に僕は満足気に頷くのだった。

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