4-28.会敵と再会、そしてⅡ(中編)

※今回は、エク視点から展開されていきます。

構成上、前中後と分けさせていただくことにしました。



 その時は無我夢中だった。

脳裏には、あの時のやり取りがしつこいくらいに再生されていた。

あの時――それは、五日前にお母様と話した時。

耳を疑うようなことだが、息子と話すのは初めてだと聞いた。

僕達がお母様の魔法の影響を受けないよう、接触することを禁じられていたらしい。

だから、幼少期のお母様との記憶は全て、乳母とのものであったと、そう知らされた。


 正直、思い出のままもっておきたかった自分もいる。

それくらい、僕にとっては大きな出来事だった。

僕の人生の全ては、お母様の読み聞かせに由来していたと言っても過言ではないのだから。

でも、それを知ったことで、いや、それを知る過程で、それ以上に大事なものを学ぶことができた。

『今』の行動も、お母様の言葉があったからこそ起こせたものだ。

この一歩は、決して僕だけの一歩ではなかった。

お母様が僕を、ザビへとつなげる一歩だったのだ。




×××




 ――お母様、『ヒヨッコ同盟』結成記念に、もう一つだけ頼みたいことがあるんです!


 これはただの推測。正解か不正解かなんてわかったものではない。

それでも、一つの仮説がその言葉を呼んだ。

受け止めたお母様の顔は笑っていた。

でも、僕の顔が少しおかしいことに気が付いて、すぐさまそこを突いてきた。

幾許の逡巡を経て、僕は確かめるような口調で弁明を始めた。


「もしザビが生きていて、お母様にもう一度逢うことができるとしたらどう思うかな」


 過去に僕が、自らの手で、一人の兄弟を手に掛けた。

そんなこと、直に言うことはできないだろう。

どう考えても、動揺と畏怖の目で見られることになる。

まともな会話ができなくなるのは、こちらとしても不都合極まりないのだ。

だから、婉曲的にものを言う。

これが僕にできる最善の一手だった。


「え、ザビはいるじゃない」


 理解のできない言動が飛んできた。一瞬、思考が置いていかれる。

でも、直ぐに情報を整理し、お母様がただ理解していないのだと、自分の心に言い聞かせてみる。

僕がったと言わないまでも、生死だけははっきりさせてもいいかもしれない。

もう一度まなこを固め、お母様を捉え直した。


「え、ザビは死んだよ」


「いや、だってアタシと『我世』への貢献で競うことを誓い合ったんだから」


 間髪入れない解答に、またも置き去りにされる思考。

僕は一応、全ての団員の情報に目を通している。そこに見落としなどある筈がない。

となれば、お母様の言っているザビは、ただ一人に確定される。


「待って、お母様。

『今』の会話の流れを汲むと、お母様は同姓同名の『ザビ』をザビ・ラスター・シセルだと思ってるってこと?」


「当たり前じゃない! 息子を見間違う訳ないよ」


 やはりそうだったらしい。

確かに、同姓同名なんて滅多にあることじゃない。

しかも、『ラスター』の中間名ミドルネームに、『シセル』の名字ラストネームまでもっているときた。

これを同姓同名の別人と捉えるのは、流石に無理があるのかもしれない。

でも、それでも――。


「そ、そうだったんだ。…………でも、もう十年も前に僕がザビを殺したんだ。それも故意的に」


「…………」


「一度死ねば、人は生き返ることができない。それは人間の摂理だ」


 言及を避けることは不可能だと思った。

お母様は、僕達の一件を知っていなかった。

知っていれば、『当たり前』なんていう言葉が出てくる訳がない。

 僕は十年前、目の前で死にゆくザビの姿を見ていたのだ。

この目は間違ったものは映していなかった。確かに、僕の目の前で死んだ。

だから、お母様が重ねているのも、過去の幻想でしかないと、そう思いたい自分がいる。

そう思い込んでいないと平静を保つこともままならない自分がいる。

いつしか視線は、地面を根城とするようになっていた。


 ……思いたい自分は、間違いなのか。

どこかでつながってしまいそうな思考回路を邪魔し続けているだけなのだろうか。

わからない。わからない。わかりたくない。わかってたまるか。

知らない。要らない。聞こえない。過去は変えられないんだから――。


「……ねぇ」


 静かな声音だった。リーネアの声ではある。

だが、そこには、お母様の影を見ることができた。

視線が少し上がる。


「なに」


「アタシ、聞いたことあるんだ。

神種ルイナ』の中には、『幻の十一柱目』ってのがいてね。

その『神種ルイナ』のもつ能力、ひいては魔法は死んでも生き返ることができるというものらしいの」


 お母様は見えていない。ずっと遠くの瓦礫の山を見つめていた。

そこには、小さな蝶が飛んでいて、僕の心に少しだけのゆとりを生んだ。

 ……『幻の十一柱目』。死んでも生き返ることができる、魔法。

これも知らなかった情報だった。でも、同時に、納得する自分もいることに気付いていた。

荒唐無稽だと思っていた、事実を元にした考察。

その果てに生まれた、あの仮説が正しいことの裏付けになり得る情報。

僕は得も言われぬ感情に脳が侵されていた。


「やっぱり、そうなんだ」


 どこか諦めたような、乾いた一言。

『今』、僕がどこを向いているのかわからない。

自分であって自分でないような、そんな感覚。

ただ、ここに立っていることだけははっきりわかった。


「やっぱりってことは、薄々感付いていたんじゃない。

でも、話を聞いて、点と点がつながった気がした。

本人に聞いてみないことには実際のところはわからないけど、可能性は高いんじゃないのかな」


「……わかった。聞いてみる。でも、問題があるんだ」


「気まずいってこと……?」


「……うん」


「それなら、大丈夫よ。

――アタシ達はシセル家の人間。いつだって、何があったってつながっていけるよ」


「……『ラスター』」


「そう、『ラスター』」


「…………やってみるよ」


 ――半ば流されるようなものだった。

それでも、ここが決意の起点となったことは間違いがない。




×××




 もう『今』なら、理解できる。

気持ちはもらって、あとは行動だけで。

でも、その行動には、未だ多くの障害があって。

それらは、僕が今日まで歩いてきた、偽りの英雄の軌跡が関係しているみたいで。

だから、それをぶっ壊す必要がある。

ぶっ壊すのに、手っ取り早いものは何だ。

考えて、考えて、そう時間も経たない内に結論は出た。


――『ラスターつなぐ者』としての姿勢を見せること。それだけだ。


 僕は、完全に至っていない道を突っ走っていった。

肉薄するはタナトス。もう距離はそう離れていない。

いける。ここで僕の気持ちを伝える。

そして、話す機会を得る。得たい。

得なければ、約束してもらったお母様に顔向けできないじゃないか。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 流れていった背景には、ザビの姿も見受けることができた。

何かを言っていた気もするが、自分に集中し過ぎて聞こえなかった。

でも、構わないだろう。この戦いが終われば、聞いてやることができる。

たっぷり、お母様も交えながら。


 タナトスが、拳の射程圏内に入った。

振り被った左手を空に構えたまま、言葉を発しようとした次の瞬間。


「――ちょっと失礼!」


 聞き馴染みのない声がタナトスの背後から叫ばれた。

タナトス以外に敵はいなかった筈。なのに、なぜ――もう一体、敵が現れているんだ。

そこには、どこに隠れていたのか、女性の敵がその姿を見せていた。

魔法も何も掛けられなかった拳を軽く止め、そのまま捻り始めたその女性。

骨から鳴ってはいけない音が鳴っている気がする。

どうしよう、振り解けない。

奇襲にかまけて、反撃にあってしまうとは――。


「これはこれは、残念でしたね。もう少しで攻撃されてしまうところでしたよ。

でも、残念。それも届きませんでした。

貴方には、この結婚の女神ヘラと対決していただきます。

俺の魔法――『仮死スケルトン』によって、一旦この世から消えてもらっていました。

だから、誰にも認知されなかったという訳です。

さぁ、二人共、存分に戦ってください。

あ、そうそう。このエクに関しては、生け捕りにして下さいね。頼みましたよ、ヘラ」


「わかってるよ、タナトス。アタシに任せといて。――じゃ、踊りましょう、坊や」


 極限まで捻られた左腕をパッと放されたかと思うと、そのままその長い足で蹴り飛ばされた。

仮にも『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の真下、そこまで瓦礫も残っておらず、一気に人込みの先にまで身体は運ばれた。

地面との摩擦で火でも出そうだった。

タナトスから離れたヘラは、僕目掛けて、段々と速度を上げながら迫ってきた。

まさか、もう一柱、いたとはな……。

予想外に踊らされながらも、僕は裂傷を抑え立ち上がった。

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