4-29.会敵と再会、そしてⅡ(後編)

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 突進は止まらない。このままこの場にい続ければ、真正面から攻撃をもらうことになってしまう。

それだけは避けねばならない。既に先制攻撃によって、利き手の自由を奪われてしまっているのだ。

これでは勿論、満足に戦うことはできないだろう。だからこそ、もうこれ以上の戦力低下を招かないためにも、しっかり避ける必要がある。

さっきは魔法の宣言のタイミングが遅かったから、不覚を突かれたのだ。

残念なことにここには瓦礫が見当たらない。誕生日会のために、どうやら片付けてしまったらしい。

これでは、『物集コレクト』からの『改造リビルド』の流れは難易度が高い。それならば、まずはこれからだ。


「――『強筋ブースト』」


 筋力増強による、機動力倍化。相手はまだ僕の手の内を知らない筈だ。

となれば、相手に手札を切らせつつ、こちらは相手の隙を窺って攻撃していけばいい。

これまでこの魔法を使った僕に、攻撃を加えられた者はいなかった。

この初手はきっと完璧。ザビにもいいところを見せられたに違いない。


 僕は足に力を込め、空中へと飛び上がった。

あまり建物を壊すような真似はしたくない。ここまで組織員達が汗水垂らして再建してきた、言わば努力の結晶。

そんなものをいきなり戻ってきた総統に壊されたら、しかもいつも大口ばかり叩いているような、偉そうで、傲慢で、自分しか見てきてなかったような奴に壊されてしまったら。

どこに感情をぶつければいいのだろうか。

僕は、自分の身分を初めて恨んだ。


 手出しはさせず、勝利を掴む。ここは僕の都市で、僕の国の一部だ。

考えてみれば、当然のことじゃないか。主が自分の土地を、身を挺して守るなんて。

いきなり方向転換した僕に、すぐさま照準を合わせてくるヘラ。

僕は壁を蹴って、できるだけ郊外へと逃げていこうとする。

こんな王都の真ん中で暴れられては、戦い辛くてしょうがない。

建物に傷を付かせたくないなら、建物がないところへ行けばいい。


 その時、ヘラは何かを悟ったらしく、動きを止めた。急に止まった動きに、僕も併せて制止する。

僕達は建物の上でお互いの目を見合っていた。


「アタシはね、おいかけっこがしたいんじゃないんだよ。

ガキのお守りじゃないの。何回も言わせないで頂戴。踊りましょ、坊や」


「おい、ヘラとかいう奴。僕の名前は『坊や』じゃない。

僕は本物の英雄になるため、その一歩を踏み出し始めた男、エク・ラスター・シセルだ! よく覚えておけッ‼」


「名前なんて、どうっでもいいの。さ、御託より娯楽しましょ。

まぁ、最初は準備体操ってことで――『追弾ポムグ=ラーネイト』」


 魔法の行使か。何が来る。

宣言と同時に、ヘラの周りには、手のひら大の何かが生成され始めた。

その容姿は赤く、まるで果実のようだった。数は全部で三つ。

一つを比喩抜きで捥ぎ取るように掴むと、そのまま足元へと投げた。

通りにはまばらだが、人の影が二三見えた。が、直ぐに見えたこと、いや、見えてしまったことに後悔することになった。


 そこに現出したのは、原色の赤がよく映えた一枚絵。

肉の焦げた匂いが、微かに鼻を刺激してくる。

抉れた人体。飛び出た内蔵。目玉らしき、二つの白い物体。

指は未だに布でできた鞄を持ち続けていた。その部位だけになりながら。

その全てが臓物で、生体で、人類だった。


「あーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! なんて顔してんの、人類代表。

坊やがそれじゃ、もう人類に未来なんかないんじゃない?

全部アタシ達に明け渡してくれさえすれば、終わるのにね!」


 何度も視線を外したり向けたりしている。どうやら揶揄ってきているらしい。

偉く余裕そうだ。まだ、残弾もあるようだし、実際気持ち的には勝ったと思い込んでいるのだろう。

確かにここまでの威力のものを、準備運動として出されるとは思っていなかった。

この惨憺たる現状を見て、何も思わない訳がない。


 おかしいだろ。生きてんだろ。誰だって必死だったんだ。

僕が創った。僕達が創った。ここは楽園だった。

無闇矢鱈に入り込んできて、勝手に荒らして、剰え命をも奪い取った。

 そして、笑った。軽々しく、当たり前のように、まるで呼吸でもするように。

何が面白い。何が楽しい。何が嬉しいんだ。

馬鹿にするのも大概にしろ。これは、お前達と同じ食卓テーブルに乗った命じゃないんだ。

お前達みたいに長くは生きられないし、お前達みたいにみんなみんなが強い力をもっている訳じゃない。

誰しも必死が条件で、やっと成り立つ命なんだ。


 ――ここ数日。僕は、多くの組織員達を見てきた。

これは、向き合うと決めた自分に当てた課題だった。

 本当に沢山の人がいた。

真面目に働きながら、どこか気持ちはそっぽ向いてる奴。

ずぼらそうに見えて、実は手元の精度が高い奴。

皆の前では笑い続けていたのに、一人になると急に眉間に皴ができる奴。

口ばっかり動いて、手なんか一切動いてない奴。

歌が上手くて、休憩時間に歌をせがまれてる奴。

一人だけど、小さな虫に挨拶なんかして、自分を楽しむことができる奴。

本当に、沢山沢山知ることができた。


 この人達は、僕が見てこなかっただけで、皆近くにいたってことだ。

そう考えたら、途轍もなく損をしている気分になって、課題を脳裏に抱えた日から、少しずつ少しずつ、直接話を聞くようになっていった。

初めは誰しも怖がって、最悪の場合、無視してくる奴もいた。

それでも、根気よく頼む姿勢を、向き合う姿勢を見せていったら、段々と僕の周りにも人が集まってくるようになって。

これは僕にとって、大きな大きな進歩だった。


 どんなに明るく振舞っていても、どこか暗く淀んだ顔を見せる時がある。

ほんの些細なことでも人は傷付く。

僕のやってきた罪の重さを知ると同時に、耐え続け、生きていく隊員達を誇らしく思った。

今回の復旧作業も、人によっては来たくないと思う人もいたらしい。

何でも王都での襲撃で妻を亡くし、『今』は王都に子ども一人で暮らさせるハメになっているのだそうだ。

僕からの命令であれば、逆らいようがない。無理を承知でお願いしたのだという。

悪いことをした。でも、こんなことは多くの隊員が口にしていた。

これを必死と言わずして、何と言おう。


 だから、僕は否定しなければならない。ヘラの言葉を、行動を、その元凶たるタナトスを。


「この『ラスターつなぐ者』が立つ限り、人類の未来は開かれる。

安心しろ、『神様』なんぞにやる土地は一欠片もない!」


「ふーん、言ってくれるじゃん、坊や。

でも、その威勢、どこまで続くかな?」


 そう言うと、ヘラはまたも捥ぎ取る動作で、手のひら大の何かを手に取った。それも二つ一気に。

まさか、僕の頭に浮かんだ悲劇を描く訳じゃないよな。そんなことをしたら、愈々、王都は――。


「――じゃ、英雄とか言う『御伽噺愛好家バカ』な坊や? どちらか選んで下さいな」


 やりやがった。振り被った右腕は、二回とも違う方角に振り下ろされた。

一つは世界のシンボル――『世界の黄金郷メディウス・ロクス』に向けて。

そしてもう一つは、その反対方向、王都の景観が保たれた無傷な区画へと牙を剥くかたちで。

 二者択一、どちらかを選ばなければ、どちらも破壊されることになってしまう。

僕はザビに見ておけと宣言し、この対戦に望んでいる。そうなれば、僕が選ぶ方は『世界の黄金郷メディウス・ロクス』か。

…………いや、相手の好きにさせることは、僕が好ましくない。僕は、どっちも守りたい。

綺麗事でも御伽噺でも構わない。僕にできることを、ただ全うするだけだ。

――幸い僕には、手段がある。


「悪いが『神様』。お前達の好きにはさせない。

既に僕の身体は『強筋ブースト』によって強化済みだ。即ち、並の爆破には耐えられる筈。

一つは、僕が直に当たりに行って消滅。もう一つは、魔法を使って引き寄せた上でぶつかって消滅させる」


「……へぇ、いいんだ」


「いい。決めた。僕は惑わされない! 明後日の方向に飛んだ爆弾を回収する。――『物集コレクト』」


 正直、これが物として認識されるか分からない。紛うことなき賭けだった。

一縷の望みしかないならば、そこに縋り付くより他にない。

……でも、僕の願いは届いたらしい。物として扱われた爆弾が、こちらに一直線に飛んできた。

よし、これならいける。そのまま引き付け、僕の身体に二つとも被弾させるんだ。


「っしゃ、任せとけよッッッッ!」


 気合の一言を吐き出し、そのまま速度を落とさないもう一つの爆弾の元まで屋根屋根を駆けていく。

時に宙で身体を回転させ、微妙な段差に対応し、一定の速度を保ち続ける。

 そして、追いついた二つの爆弾。一気に空気を吸い込み、身体中の筋肉を強張らせる。

これが僕の最大硬度だ。


大被弾。


 僕の身体に何が起こっているのだろう。

熱い。痛い。ツルツルしている。


これは、血?


 ということは、僕は死ぬのか。待てよ、こんなの聞いてない。

僕は確かに、『強筋ブースト』を行使した。

それは少し前の出来事だ。鮮明に僕の脳裏には残っている。

 では、なぜだ。僕の身体が、あらぬ方向に曲がっていくのを感じた。

この感覚を味わった以上、もうこう断言せざるを得ない。


――僕、死ぬんだ。


 その時、どこかからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は――。

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