4-30.良いことを教えてあげよう

※今回は、ザビ視点に戻っています。



 ――! 僕を見ておけ!


 まさかエクが、こんな言葉と共に飛び出していくとは思わなかった。

これは総統としての意地なのか、それとも王としての偽善なのか。『答え』は、本人にしかわからない。

すれ違いざまに俺の名前を呼んできたこと。これに一体どんな意図を忍ばせているというのだろう。

急過ぎる呼びかけにロクな対応もできず、俺もどうしてか名前を呼び返してしまった。

もしこれが聞かれていたら相当マズいことになりかねないが、大丈夫だっただろうか。

まぁ、できない答え合わせを考え続けてもしょうがない。


 『今』は俺の戦いに……と言いたいところだが、タナトスは微笑のまま動こうともしない。

時が満ちるのを待っているのか。

あれだけ威勢のいい煽り文句を放ってきたのだ。この絶好の機会に攻撃しない手はないだろうに。

でも、なんだ。この嫌な感じは。

何も動じていないというか、一切の焦りを感じないというか……。とにかく不気味だ。

さっさとケリをつけてやる。


 エクといきなり現れたヘラという『神様』は、もう随分と遠くの方にまで行ってしまった。

微かに交わった声が聞こえてきている。

すると突然、鼓膜を破らんとする轟音が王都中に響き渡った。


「何だ、何が起こっている⁉」


 まだ交戦開始からそう時間は経っていない。

『今』まで、大きな音も鳴ってはいなかった。本当にいきなりだった。

意識が幾らか戻ってきたのか、倒れ伏していた周囲も騒めき始めた。


「おい、あっちの方からなんか飛んできてないか⁉」


「そんなもんどこに……ってあれか! いや、めちゃくちゃ速いぞ!」


「ほんとだ。でも、何だろ、ちょっと美味しそうじゃないか?」


「確かにそうかもな! 赤くて小さい。何かの果実みたいだ」


「おいおい、そんなこと言ってる場合じゃねーだろが!

どんどんこっちに近付いてきてんぞ! アレがぶつかった時のこと考えろよ」


「まさか、さっきのスゲー音って……」


「あのちっこいヤツが……」


「爆発した音だったりして……」


「ちょっと待てや、穏やかじゃないな! どうすんだよ」


「ここにいるやつぁ、動けるのも少ない。

ようやっと酔いが覚めてきてこうして話せるようになってきたってとこなのによ」


「そうさ、口は動いても足は動いてくれそうにねぇのよ。また戻しちまいそうだし」


 口々に騒がれる、謎の飛来物に関する見解。これまた正解はわからない。

未だ動かないタナトスも、その例の物を眺めているようだった。その穏やかな微笑を崩さないままに。

愈々、俺の出番が来たのかもしれない。この状況は魔法の三重奏で、何とかできる。

ひっくり返せる算段があるなら、使ってやらなきゃ宝の持ち腐れになってしまう。

さぁ、進めよ、俺。俺を祝おうとしてくれた人達を守り抜くんだ。


 そう心の中で宣言した俺に、待ったをかける存在が例の物を追ってやってきた。

ニグレオス王国国王でありながら、『我世』総統、そして、第一部隊『極擽懲花ウーヌム』部隊長でもあるこの男――エク・ラスター・シセルだった。

なぜかエクの後ろにはもう一つ、こちらに飛んできている物と同じ物が追いかけるように迫ってきていた。

……何をする気だ。

さっき組織員達が話していることが本当なら――そう、『今』王都の空を舞う二つの物体が爆弾のような物であるのなら。

エクはもしや死ぬ気なんじゃないだろうか。


 数刻前に聞いた音。あれは、並の爆弾ではあり得ない音の大きさだった。

辺り一面の空気が一瞬にして熱くなるような、そんな音。

止めろ、エク。早まるな。

確かにお前は、俺を殺した張本人で、自分のことしか考えてないような奴だけど。

だけど、その力で救われた命だってあったって知ってるから。

俺を殺した明日が、この『我世』を創って、世界を少しでも平和にしようとしてたって、わかってるから。

だから、まだ死んじゃ駄目だ。生きて、俺の命一つにしては、お釣りがくるくらいの、そんな英雄に……英雄に、なってくれよ――。


大被弾。


 声はなかった。爆発の音はさっきより大きい筈なのに、何も聞こえなくて。

そこには、ペタリと折れ曲がったエクの姿が浮かんでいた。

四肢は飛び、皮膚は焼け、露わになった骨が眩しかった。

眩しいくらいの白が、途轍もない速度で赤く彩られていく。


(グチャリ)


 静かに地面に落ちた。エクが、死んだ。俺の前で。『今』、ここで。

理解なんて追いつかない。多分話しかけられてから、十分じっぷんと経っていない。

あまりにも早すぎる幕引きに、開いた口が塞がらなくなっている。

右手を見ると、地面に落下した時に飛散した血が付着していた。


 そして、急に怖くなってタナトスがいた方角に目を向ける。

すると、そこにはアイツの存在が消えていて。確認と同時に、肩口に乗せられる手の感触は、俺の背筋を凍らせた。

ゆっくりと振り返る首に、冷たく吐かれる息があった。首の可動域が最大に達する。

俺の双眸がある存在を映した。最悪は現実となる。

見間違えようなどなかった。そこには、誰でもないタナトスがいた。

俺の首を撫でていた息、それはタナトスのものだったのだ。

表情筋は微笑のかたちに保たれたまま、ポンポンと一定の間隔で肩を叩いてくる。

そして、舐めるように俺の耳朶をくすぐった。


「良いことを教えてあげよう。君達『我世』の中に一人――『裏切り者』がいる」


 俺は目を見開いた。俺の頬を伝っていく汗を、タナトスは涼しい顔で眺めていた。

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