4-31.諦めるなよ

 俺が動き出すのに、一秒だって要らなかった。俺は俺の世界に一瞬で入り込んでいった。

『裏切り者』の存在を仄めかされた俺は、脳内で『誤認』を正当とした。


 その『答え』が下された瞬間、俺は喉を鳴らし、『捏造ファブリケイト』を発動していた。

胃袋の内容物を無い物として定義し、動けるようにする。

素面シラフであれば、この段階を踏むことはなかった。今日、誕生してしまった自分が悪いのだ。

悪態なら自分に吐け。


 そのまま次なる魔法、『強筋ブースト』による筋力覚醒パンプアップで、意識をも刈り取る一撃を放てるよう準備をする。

過去に対面した時より、俺は断然強くなっている。

修羅は、随分とくぐってきた。もう飽き足り、満ち足りた。

そろそろ名の通り、死ぬ時が来たんじゃないか。

 そんな威勢を拳に込め、一発食らわせようとした。が、タナトスは上空へと飛び上がった後で、俺の拳は虚空に滑ってしまった。

すかさず俺も上空目掛け、地面を蹴り飛ばす。

いつもより身体が重いように感じるのは、きっと胃の食べ物が消化し切れていないせいだ。

魔法を使ったとはいえ、胃の内容物がなくなる訳ではない。


 いつの間にか、俺の目には歪みが生まれていたのだろう。

情けない俺の姿を見て、タナトスはこんな声を掛けてきた。


「もうお前との一対一サシなら、へりくだった言い方しなくてもいいな。

……『裏切り者』の話は本当だぞ。信じられないかもしれないがな。

さて、少し雑談でもしよう。

お前、誰かに誕生日のこと話した記憶はあるか?」


 どんな切り口で話してくるかと思えば、まだ言ってやがるのか。『裏切り者』の話は本当?

俺は、その話を何があっても信じない。俺達の仲間に、『裏切り者』がいるなんてある筈のないことなんだ。

これまでだって、何かと問題が起こってきたが、どれも何とか乗り越えてきた。

それは、仲間達、組織員達が協力し、敵を倒し、人命を救助してきたからだ。

その前提の上に、俺は立っている。それだけは揺るがない事実。

エクを始め、エラー、イノーさん、アナ、ロビ、リーネア、ハスタ、へイリアさん、多くの『我世』組織員達の尽力のおかげで『今』はこうして続いている。つながっている。

でも、殊この質問に答えるならば――。


「誕生日は……話したことはない」


「なら、お前の誕生日を知っている人間は?」


 何が目的だ。この追従する図式のまま、対話することに意味はあるのか。

わからない。でも、この思考の隙すらも、俺にとっては好機につながるかもしれない。

だから、『今』はこの雑談とやらにも乗ってやる。


「恐らくロビなら知っていた筈だ。王宮にいた時はお互いの誕生日を祝い合っていたからな」


「ふふ、それは素晴らしい思い出だ。なら、そこから漏れたんだろうな」


「……な、何! ってこたぁ、てめぇ!

ロビが『裏切り者』だって言うのかよ! ふざけんじゃねぇぞ!」


 俺の怒りは屋根を蹴る力を増幅させ、一気にタナトスへと肉薄する。

タナトスを倒すには、この技を打つのが手っ取り早い。

エラーからの直伝。可能性の秘技で、お前をぶちのめしてやる。

拳の射程範囲に迫った身体。右半身を大きく引き、俺は勢いそのままにその技を炸裂させた。


「歯ぁ食いしばれぇ! ――『煥発熾火摧破撃カニス・ルプス』」


 光り輝く拳一つがタナトスに接触せんとした時、思わぬ事態が発生した。

タナトスが前に出した右手が、しっかりと俺の手に触れているというのに、何も起こっていなかったのだ。

この技は、地上最強の男が残した、最大火力。

これを無傷で生還されるのであれば、もう俺に勝ち目はないじゃないか。

握られた拳を解除しようとした、その間際。


「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!

諦めるなよ、『ラスターつなぐ者』の名、この世にある限りッッッッ!」


 声の起こったふもと。それは、俺とタナトスがさっきまでいた場所、即ち――『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の根元。

あそこに動ける奴なんていなかった。でも、この声なら何度も聞いてきた。

この声が幻聴でないのなら、本当に不死身な奴だとしか言えない。

どうやって助かったかなんて、わかったものでもない。……そうか、そうなんだな。

俺がその声の発生源に顔を向けると、最速で家屋の壁を駆け上がってくる存在があった。


「――エク!」


 今度は呟くように言った。建物の上へと立ち、覗いた顔は、まだ死んでいなかった。

そこには、四肢も皮膚も復活したエクの姿があった。

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