2-41.修行の終わり
エラーの言う必殺技とは何であるのか、はたまたそれは、どのようにして習得すればよいのか。
あと二日で習得できるものであればいいが……。
「俺の必殺技――『
だが、習得できるかどうかはザビの努力次第だ!
実際、息子は未だ習得することができていないのさ!」
へイリアさんも使うことができないだって⁉
仮にもへイリアさんは『我世』の一員で、俺の先を行く人物だ。
だからこそ、そんな人でさえ自分のものにできていない代物となると、否が応でも背筋が伸びてしまう。
「そんなに難しいのか?
その、かになんちゃらは……」
「『かになんちゃら』じゃなくて、『
この技は、本人の生命力、精神力を代価にして発動する究極奥義なんだが、もしかしたらザビにもこの短期間では、いや
一生とは大きく出たものだ。二日ぽっちじゃ足りないくらい、高次元の技なのだろうか。
「おっと、そいつは笑えねぇな。
具体的にどんな技で、習得のためにはどんなことをしたらいいんだ?
……無理かどうかは自分で決めさせてくれ」
すると、エラーは気難しそうな顔をしてから、顎に手を当てて明後日の方角を向く。
複雑だから、難しいという判断を下した。そう捉えられても仕方のない間を空けて、エラーは重々しく開口する。
「あぁ、言うよ。
『
そして、その極まった生命力を拳に注ぎ込んで相手に向け一気に解放する技だ。
静と動の制御が絶対条件の、
難しい、もしくは具体性のない単語の
八割の情報は、耳から耳へそのまま通過してしまった気がする。
普通こういう時は平易な表現で、わかりやすく伝えるもんじゃないんですかねぇ、エラーさん。
「なかなかに抽象的な説明をあんがとな!
まだ色々わからねぇことも多いが、とにかく諸刃の剣な秘技だってことは察したぜ」
「まー、そんなとこだな。
で、気になる修行方法だが――」
✕✕✕
――エラーとの修行期間は、終了した。
結局、二日ぽっきりじゃ習得など夢のまた夢。
エラーも納得の様子で、もう最終日に関しては『諦め』の二文字しか頭に浮かんでいなかっただろう。
そのくらいお気楽で、尚且つ呑気な表情で、俺が黙々と修行する様子を眺めていた。
悔しくても、声を出してはいけない。にやけ顔をひっぱたいてやりたかったが、動くことすら許されない。
……そう、気になる修行方法だが――『座禅』だって言われた時は流石に驚いた。
長きに渡って繰り広げられた、辛くも豊かな二人三脚の修行。
その佳境も佳境の、この時期にこんなことをやらされるなんて想定外の出来事だ。
それでもエラーを越えるためにはこれしかなかったから、必死に食らいついて、『静と動』の心得を我が身に刻み込もうとしていた。
でも。だけど……。
これまで息つく間もなく修行に明け暮れる日々を過ごしてきて、一度たりとも止まったことがなかった。
笑っちまうよな。走って走って走り続けてきたからこそ、『静』がわからなかったんだ。
そして、今日から『壁外調査』の幕が上がる。
北の
試験当日まで、残り五日。
✕✕✕
ここは『
今日は、エラーがスビドー王国に行く前日。
昼から、『我世』構成員のための健康診断が行われることになっている。
かくゆうワシも、先ほど受け付けを済ませ、今は準備が終わるのを待っている最中だ。
それと今回の健康診断、実は、一つ考えたことがあってだな……。
一人秘密裏に計画したことを思い起こしていると、後ろからワシを呼ぶ声が聞こえた気がして振り返る。
そこには、元気なさげに右手を上げる、エラーの姿があった。
「おい、イノー。
俺達は平構成員より優先的にやってもらえるんだよな」
エラーは一週間ほど前に渡された、今日の予定表に目を通さなかったらしい。
当日になって聞いてくるとは、なんとまぁ……。
いや、色々言ってやるのも可哀想か。
なんだかんだ言って、ザビ少年との修行もずっと一人でやってあげていたものな。
兎にも角にも深くは触れず、賑やかしでもしておくか。
「何を今さら!
幹部に優先権を与えない組織など考えられないぞ!
ほら、女性、男性で会場は違うから、さっさと自分のところに向かいたまえ」
「はいはい、わーったよっと。あ、それとよ」
妙に適当な返答って……あぁ、なるほどな。
会話を始めるための口実だったということか。
この謎切り口にも納得だ。
「ん、まだ何かあるのか?」
「今日でザビとの修行もしめーなんだ。
これで、あいつが『我世』に入ってくるまで、会えなくなっちまうかもしれねー。
だからよ……」
「なんだなんだ、そんなにかしこまることはないだろうに」
「あぁ、そうだな。すまねー」
そう言って、白い歯を存分に見せつける。
誰もが認めるようないい笑顔だった。
さっきまでの元気のなさそうな様子とは百八十度違う、まるで別人の様相。
でも、これがエラー、エラルガ・マルッゾという男だ。
こんな顔ができることに少々安堵を覚える。
「――少しの間、あいつを頼むぜ、イノー」
…………おっと、これは予想外。エラーがこんなことを頼んでくるなんて実に珍しい。
いつもは自分や息子のことしか考えていないような奴だ。
あのザビ少年が、エラーを変えたというのか。
ふふっ、面白い。
「よかろう、少し面倒を見てやるよ」
「あぁ、助かる。じゃ、またな」
そう言って去っていった背中はやっぱり寂しかった。
けれども、話しかけてきた時よりはずっと姿勢が良くて、前を向いている。
……まぁ、でも。
ワシがこの健康診断で手にかけようとしているのは『――』なんだけどな。
内なる笑みが抑えられない。
漏れ出た微笑は、誰の耳にも届かないまま、闇に溶けていく。
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