4-92.『裏切り者』と『神議』(その十七)

※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。



 最早誰が本当のことを、真実を語っているのかわからなくなってきた。

一週間が映し出された紙。そこには、アレスの供述とは異なる光景が見られてしまった。

アレスはヘルメスと酒を飲んでいたと豪語していたが、実際の当神は、別の集まりに参加していたようだ。

となれば、アレスに白羽の矢が立つのも当然。逆境に立たされたアスクレピオスが、アレスを使わない手はなかった。


「すまない、アレアレ! 気が動転しちゃってね。どうしようか……」


 アレスの代わりに口を開いたのは、ヘルメスの方だった。

元々、ヘルメスがアレスの話を肯定したことが話のこじれ、矛盾のきっかけになっていた。

これにはアレスも涙目だっただろう。味方かと思ったら、どうやら敵だったことが発覚したのだから。


「これはどういう?」


「あァ、説明が遅れたなッ。

オレの嘘、それは予想の通り、オレがヘルメスとは飲んでなかったってことだ。本当は、本当は……」


「本当、は?」


「本当は、えぇと、そのォ……。

言い難いことなンだが、実はここ一週間誰とも話せる気持ちじゃなかったし、誰にも誘われてもいなかったからァ……」


「「「「「ゴホン!」」」」」


「えぇとッ! だから、たった一柱、孤独に飲んでいたンだッ!

だから、だから……何もオレの行動を証明してくれる仲間はいねェんだ……!」


 凄くわざとらしい咳払いだった。こんなに態度から滲み出るのも、なかなかないのではないだろうか。

ただ、誘い忘れたのか、そもそも誘う気がなかったのかは定かではないが、とにかく一柱でいたことがこの真相であったようだ。

ヘルメスの優しさも、時には凶器に変わる。助け船は泥でできていた。

詐欺をすれば、いや嘘を吐けば、嘘が変えってくる。小さな因果応報が完成していた。


「いいや、まだアレスは嘘を吐いていますね。顔に出ています。

もう諦めて下さいよ。ほら、どうなんですか?」


 そこまでするか。もうこれ以上はないと思っていたが、まだ何かあるように思うらしい。

一体どれだけのいちゃもんを付ければ、気が済むというのだろう。

俺が半ば呆れのような感情を抱きながら、ふと円卓を囲む他の『神様』達を眺めると、一瞬不自然に顔を歪めているように感じた。

違和感は直ぐに消え去り、瞬きの内にいつもの表情へと戻っていたが……。

そのまま何事もなかったかのように、アスクレピオスの方に顔を向ける面々。

俺も一緒になって、そちらに視線を寄せた。


「言葉の通りです。これに関しては、ワタシも覚えています。

アレスは、ワタシと一緒に飲んでいました。孤独なんかじゃなかったじゃないですか!

……あぁ、そういうことか! 酒で記憶を失ったんですね?」


「これは真実か、アレス?」


 祈るような気持ちで、目を見て問う。

そこにいつものアレスはいないように感じた。

目線は合わず、ずっと下を向いている。

呼吸音さえ磨り潰す空間で、アレスの合わないままの目線がある物に近づいていった。


「真実は――あの紙の中にある」


 紙、さっきのヤツか。さっき見た時、五柱の『神様』が映されていたのはわかったが、他に『神様』の姿は見えなかった筈だ。

つまりは、そういう……いやいや、そんなことはない。きっと、断じて!

だってそうだろ、俺達の絆は本物、真実だ。それは過去これまで未来これからも永劫に変わらない。

心の根底では、そう固く強く、信じているから――。


「なぁ、もう一度じっくり見せてくれないか、ヘルメス。あの紙を」


「うん。いいよ、ゼーちゃん。ほら、よぉく確認してみてよ。何柱いる?」


「ねぇ、皆。一緒に数えてみない? 円卓に置いて、覗き込んでさ」


「いいねいいね。やろうよ」


「じゃあ、数えましょう! いきますよ……せぇーの!」


――一。


 アルテミス。知ってる。


――二。


 アテナ。さっきもいた。


――三。


 デメテル。いた。


――四。


 ディオニュソス。いた。


――五。


 ヘルメス。この五柱しかいなかった。いなかった筈なのに。


――――


 アレス。


「え」


「掛かったな、アスクレピオス。お前の『負け』なンだよッ!」


 威勢のいい掛け声。数え始める前までの沈み具合が嘘のようだった。

アレスの目尻に浮かんだ涙が輝いて見えた。

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