4-93.『裏切り者』と『神議』(その十八)

※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。



 ここまでとは打って変わって、その語調の強さは一段と激しくなった。まるで神格が丸きり変わってしまったかのように錯覚させられる。

そんなアレスの豹変ぶりについていけなくなっているのは、俺だけではなかった。


「アレス、アナタが言ったんでしょう? 孤独に飲んでいたって。あれは……」


「あァ、嘘だ」


「あの声も」


「嘘」


「あの表情も」


「嘘ッ」


「じゃあ、ヘルメスの矛盾は」


「嘘、嘘、嘘、嘘、全部嘘でしかないッ!」


「嘘だろう……⁉」


「たった一つ、本当のことがあるとすれば」


「?」


「――それは、オレ達の紅い絆だけだ」


「…………」


 何も言葉を発せなくなったアスクレピオス。もうアレスの言う通り、アスクレピオスの『負け』は決定付けられたのだろう。

それは直感的に理解できる。ただ事の詳細を完全に理解するには、何とも情報は少ないままだった。


「元より皆、『裏切り者』の存在を危惧していたんすよ」


「アポロン……」


「別に気付くのは誰でも良かった。意思疎通なんて、オレっちさえいれば、どうとでもなるしね」


「魔法か」


 アポロンは頷きだけ返し、口を噤んだ。

権能を許された『神種ルイナ』以上に高次元に魔法を使い熟す俺達にとってしてみれば、まぁ、距離的に離れた場所での意志疎通も容易いことだろう。

その特筆性は、距離だけでなく暗号性においても高水準を叩き出す。

他者の介入があったとしても、そこには低確率での事故しか起こり得ない。


「行動を起こす以上、何か取っ掛かりがいるとあたし達は思った」


「アルテミス……」


「ポセイドンの裏切りとも取れる行動は衝撃的で、何か偶発被害が起こっては、こちらも発狂、半狂乱に陥りかねない。

でも、逆を考えてみればいいんじゃないって」


「逆?」


「そう、逆よ! 普段のゼウスみたく、気持ちは悪いけどさ。

こうなると嫌がよくわかるのって、案外近くにいるのかもって思ったの」


「でも、私達『オリュンポス十二神』には、紅い絆がある。

あぁ、そうだ! ねぇ、皆見せてあげようよ、


「ん、話が読めないんだが、どういう……」


「ほら、汚物ゲテモノゼウス。貴方は背中だったかしら。あの印を早く白日の下に晒しなさい?」


「おい、デメテル。なんで一々要らんことを言うんだ。まぁ、あれのことだろ? 脱げばいいなら脱ぐさ」


 ――そうして、出揃った紋章。

それぞれ腕だったり、足だったりと差異はあれど、皆共通して同じ印が入っていた。


「これは、私達の仲間、いや、家族の証。紅い絆を体現するものになっているんだよね」


「これには強い縛り、要するに思いという名の呪いが込められている。

呪いなんて言うと、仰々しいけれど、まぁ愛が行き着く先なんて大体そうよね」


「何言ってるんすか、デメテルは」


「アポロンにだけは言われたくないわ。…………まぁ、いい。

この愛は、、絶大な効力を発揮するの。それは……」


「それが、『神様』なる制裁――『紅雷神罰ポエナルセ』が発動されるんすよ」


「おい、アポロン!」


「いやぁ、ここは言いたいっすよ。ねぇ、ゼウス?」


「なんで俺に振るんだ。……まぁ、わからなくはないが」


「でしょでしょ! ほら、言ったじゃない、デメテルさん!」


「クッソウザいわねぇ、相変わらずだけど。さっきの様子がバカみたい」


「それにしてもなかなかの快演だったんじゃない?」


「はいはい、スゴいスゴい」


「えぇ~、もっと褒めてよぉ~」


「それを言うなら、皆が素晴らしかったって私は言うわ」


 そこまでのカラッとした会話に、唐突に投げられた湿度の高い感想、総括。

落差こそあれど、きっとこれが悪態ばかり吐いているデメテルの本音なのだろう。

これには、俺も素直に会話に参加したくなった。


「た、確かに凄かったよ、皆。俺、全然わからなかった」


「まぁ、二回連続でアレスが嘘吐いてるって言われた時は、流石にバレたかなってヒヤヒヤしたけど」


「そうっすね、色々と予想外な事態に巻き込まれていたのも原因だったしね……」


「予想外もあったのか⁉ こんなに気持ちよさそうに話してるのに?」


「まぁまぁ。それは、ほら……抑圧からの解放的な? まぁ、そんなノリでさ。

で、本題よ本題! 予想外も何も、超重要な最序盤を狂わせたのは、ゼウスだったんすけどね!」


「え、俺? 俺は完璧だったろ。言われた通りに『幻の十一柱目』を天界に連れてきてやって、教えること教えて。

神種ルイナ』こそ思い出させることはできなかったけど、それは何というか、ほら本人次第的なノリじゃないのか?」


「……はいはい、スゴいスゴい。そこを評価してないとは言ってないよ。

問題は『触祟スピナ』。あれのせいで、緊急の情報共有、今回の場合、作戦概要を伝えることができなかったんだ」


「折角の有り難いご高説も、私のヤツパクってるから台無しね。自分オリジナルで戦いなさいよ」


「初めてデメテルさんの気持ちがわかりましたよ。別に知りたくもなかったんすけど」


「はぁ~?」


「なぁ、誰も得しない、不毛な争いは止めろ! 解決しなきゃならないことで山積みなんだ。

本来なら、この円卓にも素肌が見えていないんだろうよ!」


「「「「「「「「え?」」」」」」」」


「おい、なんでそこだけ合わさるんだ。俺なんか変なこと言ったか?」


「いや、自覚ないの?」


「自覚? 俺は全部の発言に責任をもってるつもりだけど」


「『本来なら、この円卓にも素肌が見えていないんだろうよ!』って聞こえたけど、これはどういう意味?」


「え、それは、その……円卓を生物だと喩えて、その、書類とかで一杯になってるくらい、未解決な謎が多いよねって」


「それで?」


「いや。いやいやいや、それ以上でもそれ以下でもない! 何、だから何?」


「それで、円卓をなんで生物に喩え出したんすか?」


「それで、書類も何も口しか使ってないのに、なんで書類なんて要素前触れもなく出したの?」


「それで、なんでそもそもあのタイミングで、その文句を詰め込もうと思ったンだ?」


「それで、ゼウスはなんでいつも気持ち悪いの?」


「ほら、それはの、の、ノリで……って、あぁーあぁー、わかったわかった。俺が悪かった、すみませんでした!

ってなんか最後、変なの混じってただろ! なぁ、デメテルさん⁉」


「…………」


 こんな下らない茶番劇にも、一言も発する声のないアスクレピオス。未だ円卓の端を見つめ続けたまま固まっていた。

あの威勢が懐かしく、遠い昔の記憶のようにさえ感じさせた。無は常識を逸脱した恐怖に成りかけている。

そんな意味不明な感覚が、常にどこかにあるようだった。


 静と動。喧騒と閑静。真反対が同居する円卓の間に、豊かな声色が木霊している。

あーでもない、こーでもないは加速を重ね、世間話にまで突入していた。


 因みに、先ほど語られた『紅雷神罰ポエナルセ』は、程度によって段階的な雷撃が対象の身体を襲うようになっているものだ。

ポセイドンが皆をつなげてくれた時、真の意味で心からつながれた日に、皆で身体に刻むことを決めた。

これは俺達だけの秘密にしようと、他者からは見えないところにその証は隠してあった。


 断片的に提示されていった話をまとめると、こうなる。


 ――ポセイドンは、心を裏切った訳ではない。

表面的な素描だけでなく、見なければならないのは愛の呪いが発動していないという事実だけなのだ。

ただ、表面が裏切りのかたちになっているのもまた事実。

皆が悲しんでいたのも、結果的な行動が俺達の敵対する思想に堕ちてしまったことに大きな重点がある。

そして、こうなった以上、刺客が送られてきていてもおかしくない。

その考えから、情報収集の一環で、元から少し怪しかったアスクレピオスに接触することが計画された。

その大役に抜擢されたのが、アポロンその『神様』。

有耶無耶になっていたが、アレスと共にクロノスも接触には協力したのだと笑いながら明かしてくれた。

何かと脳に負荷を与えていくのが気持ちよくなっていたんだとか。

是非ともこちらのことも考えてほしかったものだ。

まぁ、その甲斐あって、ギリギリながら尻尾の輪郭を掴むことには成功した。ただ確証が得られなかったために、今回の作戦を実行し、絶対に間違っている情報に食い付いたところを指差したという経緯だったようだ。


「ハッキリなんか、ある筈もない。そんな記憶、アレス共々同じ部屋にいたのなら、そもそも存在しないのだから。

でも、もうそこにしか見出す光がなかったから、手を伸ばした。必死こいて、みっともなく。

今回は『オリュンポス十二神俺達』の圧勝だったな、『死の救済マールム』の手先、アスクレピオスさん」


「――それはどう?」


 正直、もう何も残っていないと思っていた。自分の発言の一秒前までは。

アスクレピオスの僅かに光に反射した眼には、未だ消えない種火が静かに燃え続けていた。

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