4-15.生きとし生ける万物讃歌Ⅲ
※今回は、三度視点が変わるので、視点の変わり目で誰視点であるか書かれています。
《アナ視点》
アタイの視線を受けても尚、リアの表情には何の変化もなかった。
もう『答え』は決まっていると言わんばかりの出で立ちで、アタイを見つめ返してきていた。
姿形も、声までも同じの存在。言動も、アタイのことを思う行動も、全部がリアを創っていた。
ここまで揃えば認めてもいいと思いたい。だからこそ、『答え』が知りたいのだ。
「そうか、アナには伝えそびれてしまっていたな。
もう僕には先がない。だから、ここで本音を語ってから一足先の天国観光でも楽しむよ」
……本音、か。妙に含みをもたせたような言い方をするものだ。
でも、ちゃんと答えてはくれるらしい。
「なぁ、アナ」
「はい」
「君は、なぜ結婚という十字架を背負うことを選んだかを、僕に問うてきた」
「はい」
「そんなの最初から何一つ変わってないよ。
そうさ、エラーを超えることを誓ったあの日から」
「……はい」
「結論を言おう。僕が君と結婚したのは、君の思いを知って、僕も君を求めて、でも、父さんは諦めたくないから、だから」
「……だから」
「――君を十字架にしたんだ」
「それって……?」
「僕が僕から逃げないように、そして、面と向かって君と笑い合うために、君と結婚することにした」
「待って待ってぇ!
アタイの頭が悪過ぎるのか、睡眠不足で頭が働いてないのか分からないけど、何も入ってこないよぉ!」
抽象的な言葉、浪漫を追求したような言動は、生前から多く見られていた。
でも、ここまで『答え』に近付かず、表面だけを掬ったような言い方をしてきたことはあまりなかった。
若干の置いてきぼりを喰らうも、アタイはリアの最愛の人。彼を解釈するのは、大好きな時間なんだ。
足りない頭を最大限に活用し、自分なりの『答え』を見つけようとする。
アタイの思いを知って、アタイを求めるようになった。それはつまり、アタイのことを気にかけるようになったってことだろうか。
もっと言えば、アタイのことを好きになってくれたと考えてもいいのだろうか。
だとしたら、なんて幸せなんだろう。顔が熱くなってきた……って、駄目だ駄目だ。興奮している暇はない。
沈黙がアタイ達、二人だけの空間を食べてしまうじゃないか。
アタイは残されたリアの時間で、少しでも長く話していたいんだ。
だったら、早くリアを解釈しよう。早くリアをわかってあげよう。
それがアタイの望みも、リアの望みも、どちらも叶えることにつながる筈だ。
好きになってくれはした。だけど、エラーを超える気持ちは抑えられなかった。
だから、十字架にした? ……駄目だ。またわからなくなった。
アタイにはどうしようもないのか。そもそも最初からアタイとリアは釣り合わなかったのか。
それを見越した『神様』が、ご丁寧に関係を引き裂いてくれたとでも言うのだろうか。
迷惑の極致、有難いなんて誰が感謝しよう。
もし別の誰かが同じ状況でしようものなら、是非その人とお逢いしてみたいものだ。
両親だけじゃ飽き足らず、アタイの掴んだ未来すら黒く塗り潰したいらしい。
本当につくづく思う。『神様』は自分達の利益しか考えていない、狂った自己中集団だ。
またも湯気でも上がっていそうなアタイを前に、リアはきっぱり告げてくる。
「ごめんごめん。ちょっと難しく言い過ぎた。
僕は君を逃げない理由にしたんだ。
そして、やり遂げた後、『我世』は辞めて、君との幸せな生活を送ろうと思っていた」
「え?」
「ずっと思い続けてくれていた君には、本当に悪いことをしていたと思う。
そのことについてはごめんね」
「だって、リアは。……リアは、そんなこと一言も」
「そうだね。一度もアナには言ったことがない。だって、そしたら利用されてるみたいじゃない?
僕も利用しているみたいに感じるから、全部話しちゃうのは嫌だったんだ。
もう全てが終わって、お互いお爺ちゃん、お婆ちゃんになった時にでも、笑い話になればなぁって、そう思ってたんだ」
「でも。そんなの、そんなのぉ……!
直接言ってくれなきゃわかんないじゃんっ!」
「だから、ごめん! 何度言っても、もう時間は戻らないけれど、でも、こう言うしかなくなっちゃったんだ。本当に、本当にごめん!
……でもね。アナには同時に感謝もしている。
だって、こんな自分勝手に生きた僕に何度裏切られても、君は傍にいようとしてくれたでしょ?
それが僕、本当に嬉しかったんだ! 最後にはなっちゃうけど――本当にありがとう!
君が僕の支えになっていたことは決して、間違えようのない真実だった!」
「――――ッ!」
無音の絶叫。でも、今日のは悲劇じゃない。
誰が何と言おうと、順当な
あぁ、アタイにも、
アタイの思いは暴走する。
気持ちはどこまで高まっていく。
三日間鍛え続けて、もう身体のそこら中が痛いし、汗臭かった。
あまりの疲労具合に、自由も効かなくなっていた。
これが現実の重み。……あぁ、でもやっとアタイ、地面を歩けた気がする。
一歩一歩が苦しくて、一歩一歩が面倒くさいけど、ここにいるって教えてくれている。
四歩五歩と進んだところで、視界が大きく急降下した。
あっ、ぶつかる。過ぎ去っていく
汗が垂れ、冷たい地面が額に迫る――。と、その時、ひょいと身体が持ち上げられる感覚があった。
顔を上げると、リアの顔が近くにまで来ていた。
赤くなる頬に、途端に気になりだす薄汚れた格好。
でも、もう捕まえられてしまった。この腕にいられるのも、もうきっと最後。
ええい、ままよ。アタイをもらえ――。
アタイはリアの唇を奪った。
まだ片手の指ほどしか、できていなかったことだった。
もっと関わって、もっと交わって、もっと共有したかった。
酸いも甘いも、リアの全部が欲しかった。
目尻には涙が浮かんでくる。もうどの水滴だかわからない。
汚いも気持ち悪いも通り越した、
世界が二つに完結した瞬間だった。
どれだけ経ったのか、アタイに記憶はなかった。
離れた時、なぜかリアも真っ赤な顔をしていた。
前もこんなに赤くなっていたっけ? ……でも、まぁ、可愛いからいいか。
アタイが最期くらい、優位を取ったっていいよね。
したり顔をするアタイに、「じゃあね」とだけ告げて、リアは去っていった。
きっと照れ隠しだ。ほんっと、可愛いんだから。
アタイも使っていた
✕✕✕
《ザビ視点》
休むよう告げられてから、三日が経った。
今日から、またバリバリ働いていけそうだ。
やっぱり休むと、心も身体も回復してくれる。
用意してもらった保存食と、室友が作ってくれたご飯とで、もはや第二次王都竜討伐戦時よりも元気になれているような気さえする。
……あと、俺が休んでいることをイノーさんが伝えたのか、アナが部屋までやって来てくれたのも嬉しかった。
入ってきた時、まさか来るとは思わず、顔が赤くなる程驚いた。
でも、その驚きを塗り替えてくる宣言を、アナは俺にしてきたのだ。
――アタイ、『我世』辞めるから、と。
考えないことではなかった。
十中八九、アナの目的はへイリアさんに集約されていたと思う。
その要がいなくなってしまえば、ここにいる意味も薄い。
勿論、俺がそんな堂々と言えるような立場でないのも理解している。
それでも、もしかしたらと思ってしまう自分がいたのも事実だった。
入隊した時は、化粧なんてあまりしていなかった。
それなのに、俺の部屋に訪問してきた時には、薄めではあるが綺麗に化粧が施されていた。
それで嫌でも理解できた。……あぁ、ここを出ていくんだなって。
あの唇が忘れられなかった。
水分を含んでいるようにプルンとしていて、血色の良さを演出する薄い紅が塗られていた。
鮮明に、詳細に、あの感触さえも、俺の、いや、
あの日、そう、へイリアさんとして、声を『
俺は初めての口づけをされた。
唇の感触は、柔らかくて、優しくて、ほんのり温かかった。
少しだけしょっぱい気がしたのも印象的だった。
確かに俺はザビではある。だが、人格を統合した過程を踏まえれば、へイリアさんとも言うことができる。
記憶は受け継がれているから、二人の馴れ初めや、恋の進展する過程も全部知ってはいた。
それでも、実際に接近された時、やっぱり緊張はしたし、体験は理解とは程遠いものだと思い知らされた。
顔、赤くなってたかもな。でも、仕方がない。
もう過ぎたこと。過去には戻れないし、俺達、生きとし生ける万物は、皆『今』を生きている。
……あぁ、そうそう、アナはもう戦う意志はないからと、俺に血を分けてくれた。
これを使って、自分とヘイリアさんの分まで戦ってほしいのだそうだ。
俺には、その思いを受け取る義務がある。
彼女の目の前でそれを飲み干して、俺は『破限者』の力も手に入れた。
この力、絶対に無駄にはしないからな、アナ。
実践で使うためにはまた練度を高める必要もあるが、具体的な修行はこれからしていけばいいだろう。
二つの握り拳を合わせ、アナは俺の部屋から出ていった。
✕✕✕
《三人称視点》
ここは第五部隊宿舎『クイド』。
噂を聞き付けて、多くの隊員達がその様子を覗いているようだった。
覗く部屋は、
見る対象は、たった一人。その名もアナ、アナ・ロベルタ。
彼女は、入隊当初からの嫌われ者で、皆を蔑んでみているような節があった。
確かに彼女の実力は本物だったし、自分達では太刀打ちできない程の実力差があるのも理解していた。
それでも、面と向かって吐かれる言葉に、誰もが傷付き、言い返せないことに涙を飲んでいたのだ。
でも、『今』の彼女は、何かが違っていた。
部屋に閉じ籠った彼女は、一心不乱に
聞いたところによると、一回も休むことなく
本当に大した根性だ。これまでこんなに長く鍛えているところを見たことがなかった。
だが、もしかしたら夜な夜な起きてきて、他隊員に負けないよう特訓のようなものをしていたのかもしれない。
そう思うと、隊員達は怠けているように見えた可能性もある。
蔑みたくなるのも仕方がないことだったとも推測できる。
彼女は多くを語らない。だからこそ、多くの妄想が妄想を呼び、あることないことで彼女は定義され始めた。
でも、その多くの考えに、共通する事柄があった。
これにはどこか、思い当たる節があるような気もする。きっと気のせいじゃないだろう。
初めて皆が彼女を見て、考えたことであるのだから。
――そう彼女は、強くあろうとし続けていたのだ。
誰も彼もが、彼女をこう表現した。
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