2-28.先生の任務(後編)

 俺は恐る恐る後ろを振り返ると、怖い目つきをしたオッサンたちに小声で何かを囁かれながら、じっと見つめられていた。

いや、彼らだけではない。

その隣の若い男女の冒険者も、その隣の屈強な獣人も、その隣の頑固そうな矮人ドワーフも、隣も隣も隣も皆揃って俺を指差してきていた。

何かを伝え合う口の動きばかりが目に入って、言いたいことがあるなら声に出して話せと言いたくなる。

でも、今は動けない。

声が、音が喉を通って、世界に出ることを拒んでいるみたいだ。

ただ下を向くことしかできなかった俺に対して、エラーとイノーさんはすぐさま立ち上がって釈明を始めた。


「ふぅ、皆の者、よく聞いてくれ。

俺は『我世』第二部隊――『火這ドゥオ』、部隊長のエラルガ・マルッゾだ!

今回は、俺の連れが皆の者に不快な思いを抱かせてしまったこと、深く謝罪したい。

本当にすまなかった‼」


「ワシは『我世』第四部隊――『詮仁咲カトゥオル』、部隊長のイノー・スーだ!

別に彼も悪気があった訳じゃないんだ。

ただ無知が先行し、思いが溢れてしまっただけである。

そう、何も君たちの耳を腐らせたいなんて微塵も思っていなかったのだよ。

そこのところをどうか分かってやってくれ!

この度は、本当に申し訳ないことをした‼」


 そう言い切ると、二人して勢いよく身体を九十度に曲げた。

咄嗟の弁明についていけていなかった俺が一人取り残されていると、横にいたエラーに無理やり頭を下げさせられた。

周囲の音から一気に遠ざかる。

何の反応も感じ取れず、自分のやらかしてしまったことの大きさをヒシヒシと痛感した。


「まぁ、こう謝ってくれてる訳だし、ね……」


「悪気もないらしいし」


「本当はこんな風な空気になるのは嫌だ。

でも、これだけは許し難いよ」


「こんなお偉いさんが頭を下げてくれてるんだ、彼らの顔に免じて許してやろう」


「それもそうだな。

この人たちが居なきゃ世界は疾うに滅んでいてもおかしくない」


「そうだ、彼を許してあげよう」


「仕方ない」


「次から口の利き方には気を付けろよな」


「今度言ったら承知しないから」


 様々な言葉が酒場を飛び交っていた。否定も肯定も綯い交ぜになって。

耳を傾けるに、概ね今回の件は許してくれたみたいだ。

オズとの勉強の中でも一応は言及されていたことではあったが、ここまでだとは思わなかった。

まぁ、そもそも『エイム・ヘルム』という単語を聞いただけで否が応でもあいつのことが思い出されてしまったから、止めようがなかった。

一瞬にして、走馬灯のように浮かび上がってくる記憶。

涙が滲んでくるのを感じて、隠すのに必死だった。

 野次馬達がぞろぞろと自席に戻ってく中で、俺たちもそろそろ頃合いと見てお開きにすることにした。

世界の秘密に、イノーさんに、新たな任務ミッション

盛り沢山な内容に眩暈を起こしそうになるが、とにかく今は家まで持ち帰って眠りにつくしかないだろう。

疲れた脳では何も考えられない。

エラーが立ち上がったのを見て、イノーさんと俺も後に続く。

もう二人との別れを待つだけ、そう思ったのも束の間、会計に行ったエラーをよそにイノーさんが俺の腰をグイっと近くまで寄せようとしてきた。

軽く抵抗するも意外と力も強かったので、すんなり引き寄せられる。

そして、不意に俺の耳元に顔を近づけ、ぽしょりと言った。

ハーブ系の香りがふわっと漂い、思わず顔を赤らめる。


「明日の昼、空いてたらここにきて」


 それだけ告げた小ぶりな唇は、そそくさと元居た場所に戻って、いたずらじみた笑顔を浮かべた。

ほどなくしてエラーが帰ってきて、そのまま解散となった。

最後のアレ、なんだったんだろう。

大人の女性のからかい的なやつだろうか。だとしたら相当舐められてるよな。ぐぬぬ……。

でも、なんだかんだ言って今もドキドキしている。

俺はあの一瞬の出来事で、全てがもってかれていた。

あの香りが、あの声音が、あの表情が、脳に刻み込まれて離れない。

 その日は、自然とスキップしながら帰り、草藁のベッドでぐっすり眠ったのだった。

試験当日まで、残り二十六日。

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