4-79.『裏切り者』と『神議』(その四)
※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。
この時ばかりは、呼吸音でさえ鮮明に聞こえてきた。もう誰のものであるかも判別つかない。
ごちゃ混ぜになった空気が、気持ち悪く耳にへばり付いてくる感覚。本当に最悪な気分だった。
「もう一度言います。アポロンは嘘を吐いています」
ピクリと動く眉が、変わらない自信を証明していた。
肺に留めたくない空気を溜め息へと流し込みながら、虚空を見つめる。
「では、その詳細を」
「はい、ゼウス。アポロンは一週間、クロノスと一緒に部屋で過ごしていたと言いました。
ですが、実際は部屋を出て、この円卓の間でワタシと飲んでいたのです。その際、例の『
少々の静寂。これで終わりかと、長らく見つめていた虚空から目線を戻す。
すると、今度は別方向から間髪入れずに横槍が飛んできた。
「私もいいか」
「なんだ、クロノス。補足でもあるのか?」
そう言えば、そうだった。アスクレピオスと共に、手を挙げていた片割れ、部外者二柱組の一角だ。
でも、このクロノスなら、最悪な現状も変えてくれるかもしれない。
「あぁ、アスクレピオスの報告は、私の言いたいことと被っていてね。
アポロンはさもずっと自分の部屋に籠りきりだったように言っていたが、全然そんなことはない。何の予定か、何回か外に出てた」
おぉ、これはどうしたものか。希望なんてものは元からなかったらしい。
パンドラの箱の中には、災厄しか入っていなかった。確かに入れた筈の希望など
より鮮明になった嘘だけが、かたちを成して転がっていた。
「他には何か?」
平静を装うため、どこから出ているのかわからない声を無理やり吐き出す。
語尾に震えが混じっていたかもしれない。気取られないよう、鋭い眼光を周囲に向けた。
「いや、私は特には……」
「あ、では差し出がましいようですが、もう一つ」
待ってくれ。もう沢山だ。まだ持ち合わせているのか、アスクレピオスという『神様』は。
「おいおい、まだあるのか。アスクレピオスは何でも知っているようだな」
皮肉の一つでも言っておく。
これくらい言わせてもらわねば、つり合いが取れないというものだ。
「いえいえ、そんな。先ほどのクロノスの発言ですが、少々異なる点があります」
「私に? まさか」
なんという面倒くささ。これは火種になりかねない。
本当にコイツをアポロンが認めたのか。俄かに信じ難いというか、本能が信じたくなくなっている。
とりあえず、煙を隠そう。話はそれからだ。
「いい。続けろ」
「はい。アポロンと飲んでいた時、ワタシはクロノスも同行していたと記憶しています。
その時は、ワタシも酔っぱらっていたので、正確ではないかもしれんませんが」
「正確でない情報をぶつけてくるなよ。自分だけ出世したからって」
「なんだ、急に。やる気か?」
「いいぜ、やってやる。『カッパドキア十二神』での
「止めろ、二柱共‼」
「「…………」」
危ないところだった。やはり煙は火元から消す必要があるようだ。
こんな大事なことを教えてくれてありがとう。……なんて言ってやれるほど、元気じゃないな。
外野からだと、二柱はあまり仲良くないらしい。
結託関係は全くないか、ズブズブかの二択。変わったようであまり進歩していない。
そもそも『裏切り者』なんかいるのか。
アポロンの言葉の信憑性が薄くなっている『今』では、本気の議論すら意味をもっているのかわからない。
「……でもさ、一応アスクレピオスの『オリュンポス十二神』加入は不審ではあるよね。確かに疑いは拭い切れないけど」
「言えてる言えてる」
「アポロンって、いつもはどうしようもないけど、締めるところは締めてるしね」
「確かにッ! アポロンは女癖の悪さこそ異常だが、かなり常識的な考えをしていることが多いンだッ!
今回の『
「みんなぁ……!」
紅い絆は嘘じゃない。
正味、俺が馬鹿だったのかもな。まだ容疑者が確定したわけでもないのに、何となく疑い始めるような真似をしてしまった。
自分の安易な思い込みを悔いていると、次第に疑惑の念が高まってきたアスクレピオスが、予想外の切り返しを放ってきた。
「確かに、アポロンは早計だったかもしれませんね。でも、聞いてください。
この場を意のままに取り仕切っている存在がいます。そうです、世界の支配者、ゼウス。
貴方はどうなのか、ワタシは知りたいです」
そうかそうか、俺の情報を求めたがるか。俺なら言える、安心しろ。
だから心して聞けよ、アスクレピオス。お前の話をもっと聞きたい。
こちらが受ける注目は、全部お前のものになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます