1-3.望みのかたち

 砦の空気は、二人に重くのしかかる。

冷酷で、無慈悲で、尚且つ荘厳なそれは薄気味悪く身体を包み込む。

まるでザビ達をしょくさんとしているようだ。

その雰囲気を感じ取り、ブルっと肩を戦慄わななかす。

その漆黒は何も答えず、ただ身の程を弁えない愚か者たちの行進パレードをほくそ笑んでいるかのようであった。


 強がってはいたが、所詮は子供。怖くなったのか、突然彼らは走り出した。

いや、この行動の原動力は別にある。それは帰路への前進ではなかった。


 そう、彼らを突き動かしたのは――心の奥底に眠る潜在的な、好奇心。


 その思い一つで、道なき道を邁進した。

そして、一気に視界が解き放たれる。

そこには、並の家一つがスッポリ入るほどの大広間フロアが広がっていた。

辺りは薄暗く、何があるのかわからない。

ただ漠然と大空洞へと導かれたことだけを悟ったのだ。

外から見た時はこんなに大きな部屋があるとは思わなかった。


 だが、それもその筈。この砦の内側は、実は異空間に繋がっていた。

ここには、長年人々の生活を脅かし続けたというある魔物が潜んでいる。

この魔物をその鳥籠から逃がさないために、ザビたちのお父様たちが尽力したのだった。

だからこそ、ここに近づいてはいけないとお父様は言っていた。

その真相を、ザビ達は聞かされていなかった。


 ザビ達は何かの手がかりを掴むべく、一歩ずつ一歩ずつ前へ進んでいく。

すると、足元で何かを踏んだ音がした。


(カチッ)


 その瞬間、壁の一角に掛けられた骸骨を象った照明が、命を宿したように灯った。

そして、それに続くように骸骨が次々と血の気を取り戻していく。

円形に照らし出された大広間フロアの中央には、闇より深い暗黒の繭玉が鎮座していた。


「一体、これはなんなんだ……?」


 この砦の正体を知らないエクは、至極真っ当なことを口にする。

これこそがある魔物――ドラゴンが力を抑え込まれたことで、変貌した姿。

よく見ると、それは小さく、そしてゆっくりと胎動しているように見える。


「なんだぁ、これ? 魔物なのかよ。

なんかわかんないけど、とりあえず突いてみっか!

楽しそうだしよっと‼」


「おい、よせっ‼」


 論理より感情が先立つザビはエクの制止に耳を貸さず、すぐさま近くまで駆け寄っていく。

そして、人差し指でその謎の物体を刺激して数舜。

地面が脈打つように、そうまるで心臓が動き始めたように狂気的な揺れを帯び始める。


「だから、寄せと言ったのにっ」


 そんなエクの悲痛な叫びは露知らず、繭玉が変化していく。


(ビキリ……ビキリ……)


 なんと繭玉に罅が入り始めた。

ザビは喜色満面となり、唇を舐める。


「……これだぜ。こういうのを待ってたんだ」


 ――『お前は、いずれこの家を背負う者となる。

だから、危ないことは絶対にするんじゃない。

お前だけが、希望なんだよ。

だから、分かっておくれ。ザビ』


 何度も言われた文句だった。

ザビはニグレオス王国の第二王子。

エクが第一王子だったのだが、小さなころから病弱で将来は長くないと

曖昧な表現なのには、歴とした訳がある。

実はエク、医者が大の苦手であり、医者が来るとなると酷く暴れた。

あまりにも激しく抵抗するものだから、いつしか医者も来なくなってしまい、王にはどうすることもできなくなってしまった。


 そうなると、いよいよをもってザビへの期待が高まっていくのも明白だった。

ザビはそんな兄を持ったことで、自由な時間を持つことはできなかった。

日中、読みや書きはもちろんのこと、政治や王族としての仕来りなど、王になるための訓練カリキュラムを受けさせられていた。

最近では、エクはもうそういうことをやらされている様子もない。


 今回、外に出られたのは体調が少し良くなったエクが従者などに内緒で抜け出す計画を立ててくれたからだった。

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