3-42.幼心の時旅行

※今回も前回と同様、ロビ視点から展開されていきます。



 『寄生種パラサイト』とはその名の通り、他の生物に寄生することで生き長らえることができる生物のことだ。

時々思い出したかのように被害報告がなされる程度で、比較的個体数は多くない。

だが一度ひとたび寄生されれば、徐々に脳内を食い荒らされていき、自分が自分ではなくなっていくこともわからないまま、生物活動を乗っ取られるのだという。

乗っ取られた者は死んだも同然に、『寄生種パラサイト』の思うままに動かされることとなり、そして、寄生した宿主の身体が衰えていくと、別の宿主を探し旅に出る。その繰り返しで『寄生種パラサイト』達は生きているのだ。

 もし本当に『神種ルイナ』が『寄生種パラサイト』であるならば、私も私を生きていないことになる。

私の意志は疾うの昔に、この世から別離さようならをしているのだから。だとしたら、それはいつからなのだろうか。

この『今』まで抱いてきたお兄様への思いは贋作で、本当の私がお兄様に対して思っていたことなんて何もなかった可能性もある。

焦りは怒りとも似た感情を生み、ムネモシュネ様の言葉を踏み付けて強く当たった。


「ですから、貴方もその家族も、お仲間の『神種ルイナ』も皆――」


「『寄生種パラサイト』なんですよね?

では、私たちが寄生されたのはいつから何ですか? まさか生まれた時からなんて……」


「えぇ、そのまさかです。

それぞれ誤差はありますが、基本的には生まれて間もない時期に天界へと連れていかれ、我々『神様』によって創られた、特別な『寄生種パラサイト』である『神種ルイナ』を寄生させます。

そうして下界へと返された貴方達は、自分が自分であると信じて生きていくのです」


 ムネモシュネ様がそう言い切ると、鋭い眼差しで私を刺した。

突然の威圧に身体は硬直し、一瞬の思考停止を招く。

だが、すぐに脳が的確に処理を行い、知りたくもない真実を知ることとなった。

私は膝から崩れ落ち、静かに涙を流し始めた。

こんなことを受け止めることになるなら、ずっと思考停止してくれていた方が良かった。

それならば、それならば――。意識が混濁し、涙のせいか視界が歪み始めた。

自分が立っているのか座っているのか、どこにいるのかさえもわからなくなってくる。

ただ一つ分かること、それはムネモシュネ様と目が合っていたということだけだった。


 ――幼き日々の思い出が、鮮麗な色香を纏い始める。

五歳の時、私はドラゴンに連れていかれた。

鉤爪が食い込み、腕には赤い筋が何本も走った。

あの痛みが、映し出された光景と共に私を襲ってくる。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。でも、その光景にはなぜか違和感が内包されていた。

何がおかしいのだろう。……そうか、なるほど。

『答え』はすぐにわかった。これは記憶をのだ。

だから、王都の方へと後ろ向きで飛んでいるように錯覚した。天界に向かっていないのも納得だ。




✕✕✕




 気付いた時には、もう王都のお城の中にいた。

そう言えばそうだった。ニグレオス王国の前任の王であるお父様の代では、この王都にはお城が建っていたのだ。

エクが王になってからわざわざお城を壊し、新たな塔――『世界の黄金郷メディウス・ロクス』を創り上げた。

 その塔の中で、私は一人、小さな身体には似合わない、大きな大きな寝具の上で寝転がっていた。

私にも王位継承権はあるにはあるが、当時の下馬評はお兄様一択だった。

だから、あまり期待されず、ほどほどの貴族教育で後は自由に過ごすよう、言われていた。

 王宮では何でも揃う。玩具でも、お菓子でも、ご馳走でも、好きな時に好きなだけ手に入れることができた。

でも、私は空虚な時間を過ごさなくてはいけなかった。

多くの王宮人は、私に相手してくれる人がいなかったからだ。

お父様は王様としての仕事や、息子たちへの教育で必死だった。

お母様は自分本位で生きているようで、私にはあまり興味がなかった。

お兄様達は毎日毎日、王になるための訓練カリキュラムなどで、私と遊んでくれる時間なんてほとんどなかった。

だから、私には楽しみがあまりなかったのだ。

 目の前ではそんな退屈な日々が逆再生で流されていく。

ずっと見ていると、どうしても目を背けたくなってくる。

これが、私がドラゴンに監禁されるまでの日々なんだ。

なんてつまらなく、なんて生きがいのない人生だろう。

わかっていた。自由を約束された人生の大半が、語るべきことのない日常の繰り返しだったって。

 でも、お兄様への思いが募ったのは嘘ではなかった。

脳内にはしっかり記憶として、残っているのだ。

心の奥底に反抗心が芽生えると、視界が闇へと包まれる。




✕✕✕




 光を取り戻した目には、これまでとそう変わらない自室の様子が映し出されていた。

恐らく四歳になったばかりの時期だろう。

約一年間、何もなかったと思うと、本当に虚しく思う。

だが、ここからはどこか今までとは違うような感覚がある。


(トントン)


 扉を叩く音があった。

食事にはまだ早い時間だ。

侍女が私情でやって来ることも、これまでの傾向上考えられない。

扉は私の返答を待つことなく、ゆっくりと開かれた。

そこには、幼少期のお兄様の姿があった。


「やぁ、ロビ! また来てみたけど、大丈夫だった?」


「ザビお兄様⁉ 私はいつでも大丈夫ですけれど、ザビお兄様は大丈夫なのでしょうか?」


「あぁ、実の妹に逢いに来るのが大丈夫じゃないなんてことないだろ!

さ、今日は何して遊ぶ、ロビ?」


「ザビお兄様……!」


 私の記憶は何も間違っていなかった。

こんな風によくお兄様は遊びに来てくれたんだ。

静かな感動に、全身で溺れていく。

お兄様は訓練カリキュラムの合間を縫って、短い時間ながら楽しい時間をつくってくれていた。

これが曇天に閉ざされた私の心を照らす唯一の光だったのだ。

眼前の一分一秒が懐かしい。この四歳になって初めて来たこの訪問が――四歳以降の私の最後の希望だったから。

手遊びに、おままごと、宮庭散策に日向ぼっこまで、何から何まで私に合わせてくれていたお兄様の優しさを何度も何度も痛感する。

一日一日に、逢瀬の時間にだけ笑顔が見えるようになった。




✕✕✕




 そして、そんな華やぐ毎日になった三年間が過ぎ去り、私が一歳になった時にまで遡る。

一歳の私は、どうやら窓の外を見続けているようだった。

その日は土砂降りで、空は真っ暗だった。雷が鳴り響き、お城は揺れているように思えた。

 その時、突然窓の奥に光の筋が現れた。

興味津々に光の方を見つめ、半開きの口を忘れていく。

光は一瞬の内に窓の前に到達する。軌道を残さない速度に、思わず両手を上げた。

光の中から謎の存在がその姿を見せた。白装束に身を包んだ『神様』のお出ましだ。

ものの善悪もわからぬ、純粋な子どもであれば、未知の存在には目がない。

すぐさま笑顔を見せ、楽しげに身体を揺らした。

謎の存在が何事かを話しているが、一歳の私は聞く耳をもっていない。

そのまま差し出された両腕にしがみ付く形で天界へと連れていかれるのだった。




✕✕✕




 一気に視界が黒に塗り潰され、しばらく経つとまた記憶の鑑賞が再開される。

今度は医者が手術でも行うような大きな寝台の上に、一歳の私は寝かされていた。

どこか血の気が引いていて、体調が優れない。何かされたのだろうか。飛び飛びの記憶では全容を把握し切れない。

 誰かがやって来た。口元を隠し、何やら不気味な容器をもっている。

手のひら大の円柱を象ったそれから、注射器のようなものを取り出した。

私の腕を覆っていた衣服をめくり上げ、その注射器を打とうとしてきた。

一歳の非力で決死の抵抗を見せるも、ものの数秒で撃沈され、勢いよく針が突き立てられた。

刺された瞬間に見ている私の腕にも激痛が走る。全身に何かが蠢いているような感覚を呼び起こされる。

 この場面も勿論、今の私には記憶に残っていない。

今までの話から推測するに、きっとこの過程は脳内から抹消され、そもそもなかったことにされている。

私は時の神クロノスの権能を使うことができる『調時者』なのだ。

記憶の歯抜けなど起こりうることがある訳ないだろう。

全身に違和感が通り抜けると、忽然と睡魔がやって来て、そのまま眠りに落ちていった。




✕✕✕




 記憶の旅から帰ってくると、目の周りは赤く腫れ、身体は小刻みに揺れていた。

全ては私に巣食う『寄生種パラサイト』が経験してきたことであることを知ってしまった。

記憶の中にいる私が私でないのなら、『今』私がここにいる意味は何なのだろうか。

私がここに来たのは、確かに上からの指示があったということもある。

だが、それ以上にお兄様を真の英雄にしてあげたかったからだ。

これでは、私も私でなく、当のお兄様もお兄様ではないという、誰も救われない現状が生まれてしまっている。

これから私はどうしたらよいのだろうか。

当初の目的も忘れて、ただ茫然とムネモシュネ様を眺めるのだった。

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