3-41.『神種』の正体

※今回も前回と同様、ロビ視点から展開されていきます。



 私は全速力でエイム・ヘルム内を駆け巡っていた。

至る所に散らばる赤の残滓を隈なく調べ尽くしていく。

 見たところ、件の女神は通りの中を隅から隅まで見て回っているらしい。

残滓の広がりがその通り全体を占領していた。

夜の闇の中では、見るだけでは惜しいほどの輝きを誇っている。

こんな景色にまで発展するのなら、お兄様と一緒に見たかった……なんて冗談を、心の中で抜かしてみる。

誰にも聞かれない吐息が、熱と共に口から逃げていった。

いけない、いけない。どこかの羨望は心の奥底に仕舞い込み、足を動かし続けた。

 そうして、捜索開始から三十分が経過。ようやく線の終わりが近付いてきた。

対象は恐らく隣の通りにいる。残滓の強い脈動が、その事実をありありと私に示してきた。

 丁度、一つの通りに決着がついた。女神はもう目の前にまで迫ってきている。

 そう言えば、予々かねがね噂は耳にしていたものの、実際に逢ったことはないんだった。

私のことも認識しているかどうか怪しい。

何せ天空一階層『鉄の領域』に身を置いていた『神様』だ。

情報には疎くとも仕方がない。

多少の緊張が胸を逆撫でした。気持ちが若干の落ち込みを見せる。

お兄様の今後を考えに考えていた結果、こんなしょうもない失態ひとみしりを晒すとは。

どうしよう、どうしよう。悶々とした心の内に悩まされながらも、飛び出した隣の通り。

淡く靄のかかったようになった空間、その最奥に小さく動く影が見えた。

先ほどよりも何倍か速度を上げて、その影の正体を捉えんとする。

もう正解は半分以上、確定している。なぜなら、ここは滅亡領域。一般人の侵入は不可能だからだ。

よって、予想通りそこには――。


「貴方は――ムネモシュネ様ですよね?」


「はい、そうですが……」


 そう、滅亡領域で何かしようとしていた存在は、記憶を司る女神ムネモシュネ様であった。

当の本人は心底奇妙であると言った面持ちで、こちらが何者なのか推測しようとしている。


「貴方はどちら様でしょうか?」


「どうも、初めまして! 私はロビと申します。今回はムネモシュネ様!

貴方にしかできない任務を依頼するためにここに来たのです!」


 何の躊躇いもなく、私は今日来た理由を明かしてみせた。

ムネモシュネ様はそれにもあまり飲み込み切れていない様子で、頻りに首を傾げてみせている。


「ロビさん、ですね。で、えぇと、私にしかできない任務って?

私は天界を追放された身。もうできることはオズの最後の希望を見届けてやることだけですよ」


「オズの最後の希望……。一体それは何なのでしょうか?」


「いやぁ、ロビさん。貴方からは並々ならぬ覇気オーラを感じます。

これはオズも纏っていたものでした。そして、そのオズは『神種ルイナ』だった。

貴方もそうなんじゃないですか?」


 流石は『神様』だ。鋭い感性をもっているらしい。

私が『神種ルイナ』であることを即座に見抜いてきた。

『神様』相手に隠し事などできないということか。

どこか観念にも似た思いから、首肯で返し、質問の続きを待った。

ムネモシュネ様も読み通りだったと言わんばかりに息を吐き、こう続ける。


「きっと自分の存在を知って、かなりの時間が経っているのでしょうね。

魔法の認知度、並びに練度も、既に強者の域にまで手が届いていると見ました」


「何が言いたいんです?」


 さながらイノーさんのような、回りくどい接近の仕方を取ってきた。

沢山話してくれるのは、こちらも情報を得られて喜ばしく思う。だが、残念ながらこの状況下では寧ろ邪魔ですらあるのだ。

時間のない私は、有難い前口上を無視して、さっさと『答え』を吐くよう促す。

はぁと溜め息を漏らすと共に、ムネモシュネ様は特に変化の抑揚を付けることもなく、淡々と言葉を続けた。


「だから、きっと『覚醒啓示』等でも受け取っているのではないかなと思いました。

そう――『神種ルイナ』が、実は実態をもたない『寄生種パラサイト』の一種であるということを」


「『神種ルイナ』が『寄生種パラサイト』の一種?

それは、えぇと、どういうことなんでしょうか?」


 私はムネモシュネ様から発された言葉の意味を、全く理解することができなかった。

これまでにそんな啓示を受けたことはない。

お兄様の魔法、イノーさんの魔法、そしてアナさんの魔法は、全部全部『寄生種パラサイト』の能力でしかなかったのだろうか。

整理の付かない脳内には、四方から押し潰されているかのような痛みが走った。

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