3-43.可能性の継承

※今回も前回と同様、ロビ視点から展開されていきます。



 俯いた首で見えるものは地面だけだった。

立派な舗装がなされている訳でもない、廃れた石畳で全てが完結していた。

何もわからなくなった私に、前を向く勇気など出やしない。

『今』ばかりは、生きていることを投げ出したくなった。

真顔の私が、意味もなくムネモシュネ様を見ていた時間は長かった。

でも、彼女を眺めていても、『答え』は得られそうにない。

そう思った私は、視界を小さく切り取って、一人の世界に閉じ籠ることにした。

 涙が心地よかった。何も見なくて済むように、波紋で蓋をしてくれたから。

耳も口も、鼻も手も、何もかもが機能を放棄して、ただ悲しみだけに身体を委ねた。

脳内には、華やいでいた日々の記憶が永遠を謳っている。

 時は凪ぎ、風は止んだ。刹那の沈黙に、身は気付かない。

突如、肩口に温かい腕が回る。お兄様が来てくれたのだろうか。

ある筈もない妄想に胸が高鳴り、前方に顔を上げると、そこにはいつの間に近付いてきていたムネモシュネ様がいた。

そのまま彼女は私を胸に抱き、小さく優しく、子守歌で幼子をあやすように、切なる言葉を紡いだ。


「こんな噂を聞いたことがあります。

寄生種パラサイト』の意志は、宿主の意志を受け継ぎ、発展したものになっている。

元々、使われる脳は宿主のもの。だから、完全に死んだと言い切るのは少し酷な話かもしれない、と」


「え、じゃあ、私は死んでいないんですか?」


 私の顔に少々の熱が生まれる。

口元が自然と緩み、目線がムネモシュネ様にしっかり合わせられる。

その熱い視線を受け、彼女は若干身を引きながらも小さく頷いた。


「そうとも言えるということですよ」


「じゃあ、なんで最初からそう言ってくれなかったんですか?」


 紛らわしい言い方で惑わせてきたことに対する怒りが露わとなる。

多少、語気が荒くなったことで、背中を擦っていた彼女の手が止まった。


「私は貴方のことを知りませんでした。

貴方からは私達かみさま側の顔が見える気がしていました。

もしそれが事実であるなら、そこまで過去に拘りがないのかも、と思ったのです」


「そんなこ……」


「でも、違っていたようです。

貴方は過去を大切な記憶として持ち続けて、その思いは時に、自らに課された任務すらも忘れるほどであると……」


 そこまで言われて、再度ここに来た理由を思い出した。

途端に恥ずかしくなり、耳まで真っ赤に染まっていく。


「あぁ、そうでした! 私はどこまでお兄様を……」


「あぁ、なるほど! そうですか、そうですか。お兄様に対する記憶だったのですね。

未だ権能が戻ったばかりで、貴方に過去を見せるので限界だったんです」


「いや、まぁ、その……はい。はぁ……そうだったんですね。

でも、この件は忘れて下さい! 誰にも打ち明けたことがないんです」


「フフ、可愛いですね。了解しました」


「私が色々突っ込んでしまったせいで、オズの最後の希望というのを聞きそびれてしまいました。

結局それは何だったのでしょうか?」


 ここまでの話をまとめると、こうなる。

神種ルイナ』は『寄生種パラサイト』の一種であり、私達が経験した記憶は全て『寄生種パラサイト』が体験してきたことであるということ。

だが、その『寄生種パラサイト』とて、寄生した宿主の脳を喰らって生きる。

そのため、宿主の思考を少なからず反映した生き方をするということだ。


「オズの最後の希望――それは、ここで死んだオズを巣食っていた『神種ルイナ』が、新たな寄生先に選んだ生物を探すことです」


「変えたことは確定なんですか?」


「確証はありません。何せ私も悲しみのあまり、蹲ってしまっていましたから。

でも、可能性としては高いと思っています」


「それは何故?」


「『寄生種パラサイト』の生存本能は、他の生物の追随を許さないからです。

彼らは身の危険を感じた時、別の生物に乗り換えられないかと、速やかに考えます」


「……なるほど。

かなりこのエイム・ヘルムを探し回っていたようですが、オズさんは見つかったのでしょうか?」


「…………いや、見つからなかったです。

実は貴方が来る前にも、何周も何周も『神様』の目を光らせて探していたのですが、一匹たりとも生物の影がありませんでした」


「じゃあ、オズさんが死んだ時、一緒に……?」


「いや、多分それはないでしょう。

『幻の十一柱目』以外は、基本的に『寄生種パラサイト』の特性を強く受け継いでいますから」


「それなら」


「はい、ですから私は、一つの仮説を立てました。

オズが死んだ時、そこには私以外に、三人と一柱、生物がいました。

よって、彼らのいずれかにオズの『神種ルイナ』が移り住んだのではないかと」


「…………」


 何も返せる言葉がなかった。

多分この人は、オズと呼ばれる人物に思いを寄せていた。

だから、きっとこうまでして拘ろうとするのだ。

その熱意には、私も共感するところがある。

何か野次を飛ばそうなど、到底思えないし、テキトーなこと言ってお茶を濁したいとも思わなかった。

純粋に聞き届けたい。思いの終着点を――。


「それでね、その一等候補が――ザビさんなんです」


 私は違った意味で言葉を失った。こんなところでもお兄様の名前を聞くなんて。

一気に別の視点で気になることが増えてくる。

オズとは一体何者なのだろうか。お兄様との関係はどうなっているのだろう。

爆発した関心に、口がついていかなくなった。

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