3-16.笑い虫に睨まれた日

 第三部隊宿舎『トリアドス』。

寮の最南に構えられ、真面目や実直という言葉がよく似合う、第三部隊隊員達が生活を共にする宿舎だ。

ここには、あのアナの夫となったへイリア・マルッゾが配属されている。

次期部隊長候補と称されるほど、彼の人望は厚いらしい。

結婚式での様子を見た俺からすれば、痛々しい言動の目立つ彼がなぜ高く評価されているのか、甚だ疑問だった。

とはいえ、一度会ったきりだ。そこまで深く知っている訳ではない。

今回の訪問で何か見えてくればいい。そんな思いを掲げながら、玄関の扉を叩いた。

 ちなみに、先ほどの第一部隊宿舎『ウヌス』でも同様に、玄関の扉を叩いてみてはいた。

だが、暫く経っても反応がなかったため、突撃することにしたという経緯があった。

この宿舎の中ではドタバタと人の活動している音が聞こえている。

本当に良かった。さっきみたいな恐怖を感じることはなさそうだ。

扉越しに準備する音が聞こえてきた。


「はぁーいはい、どなたでしょうか?」


 整えられた髪が爽やかな好青年が現れた。

話が通じそうでホッと胸を撫で下ろす。


「どうもどうも。俺はザビって言うんだが、へイリアさんはいるか?

ちょっと話がしたくてよ」


 へイリアという名前が出た瞬間、その好青年の口角が引き締まった。

心なしか睨んでいるようにさえ見えてくる。


「いません。要件はそれだけですか?

なら、お帰り下さい!」


 態度の急変についていけなくなる俺を尻目に、扉を締めようとしてくる好青年。

どこか怪しいと思った俺はすかさず、好青年の目を真正面から捉え、手を掴む。


「――『炯眼ペネトレイト』!

リアはいるんだろ、好青年君さ!」


「あぁ、いる! いるけど、い、いるけ、ど……ってあれ、なんで俺、正直に答えてんだ?」


 心底不思議そうに天井を仰ぐ好青年君。

これが魔法、という奴さ。心の中でドヤ顔を見せ、そのまま彼を素通りしていく。


「おう、そうか! いるんだな!

ありがとよ、教えてくれて」


 彼が気付いた瞬間には、俺は『トリアドス』内で爆走を始めていた。

知り合いはへイリアさんのみ。さっさと見つけて、ちょっとばかし話をしてその場を立ち去る。

首を左右に振りながら、明確な目標に向かって一直線に駆けていった。

 多くの人が行き交う廊下を通り越し、食堂、大浴場を立て続けに覗く。

よく確認もせずに飛び込んでしまった女子の更衣室では、絶叫が響き渡り、浴場の方からも風呂桶を沢山投げられた。

おかげで全身大怪我してしまったが、立ち止まっている暇もない。

後方からは俺に帰るよう促す声が永遠に響いていた。

 残すところは、運動用の体育館くらいか。

息を整えながら、前方を見据える。あの扉の先に、体育館がある。

体育館は、大きく分けて全身運動で鍛えることのできるひらけた場所フロアと、正方形の筋肉マッスル強化トレーニング室の二つの部屋を有している。

もし、この二つの部屋にいなかったら自室にいるということになるだろう。そしたら、もう果てしない数の部屋に訪問しなければならなくなる。

そこまですることは、もはや今さらではあるが、迷惑となってしまうだろう。

最悪、ここを追われる身になってしまうかもしれない。それだけは避けなくては。

あれこれ考えている内に、扉は真ん前まで迫ってきていた。

勢いのままに取っ手に手を掛け、大声を上げた。


「たっのもぉー!」


 古来から伝わる道場破りの台詞セリフが体育館中に響き渡った。

あちこちで運動に興じていた隊員達が、そろってこちらを向いてくる。

大きく空間の広がる板張りの場所フロアには、へイリアさんはいなかった。

 最後の最後。全ては奥にある、筋肉マッスル強化トレーニング室に託された。

最短距離で、角に位置したその部屋の入り口へと走っていく。


「駄目です、ザビさん!

その中に入らないで!」


 ようやく追いついた好青年君の忠告も露知らず、俺は既に手を掛けた扉を力強く引いてしまった。

その中には数々の筋肉マッスル強化トレーニング器具マシンに囲まれて、一人の男が現在進行形で強化トレーニングしていた。


「誰だ!」


 突然、器具マシンの音が止み、正方形の部屋に怒号が響いた。

無言で近付いてくる影に、自然と一歩足が引かれる。

目の前で立ち止まると、無言で俺を見下ろしてきた。

肩口に手を置かれ、ビクッと上半身を跳ねさせる。

何をされるか分かったものではないが、とりあえず生きて帰られるだろうか。

静かな笑みを浮かべるへイリアさんに、引き攣った笑みを返すのだった。

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