4-87.『裏切り者』と『神議』(その十二)

※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。



 その後、ザビは暫時小さな声を漏らしながら、肩を大きく震わせていた。

感傷に言葉は要らない。『今』だけはそっとしておこう。

時間はなけれど、心の機微さえも捨てていては生物である意味がない。

生きている限り、例え嫌でもどこまでも付き纏ってくるのが命であり、心なのだ。

落ち着いてきた時を見計らって、伝えなければならないことを伝え終えよう。――そして、最後の修行を始めよう。


 ザビの役回りである『幻の十一柱目』。創造初期から、重い責任であることはわかっていた。

何度死んでも蘇る。死ぬことで呪いを解くことができる。

字面だけ見れば、至ってお気楽な権能で、いとも簡単に救うことができる手段であるかのように思えるかもしれない。

死ななければ、好きなことを好きなだけすることもできる。それは、誰にとっても幸福だろう。

万物に共通する、一番の天敵はやはり寿命。そこを克服、ひいては考えずに生活できるのは強みでしかないと思うかもしれない。

戦闘面においても、即死級の技を喰らっても起死回生の一手をお見舞いしてやれる可能性も高くなる。


 ただ死ぬということは、その都度痛みという高い高い壁を乗り越える必要が出てくる。

これほど厄介かつ最恐の敵はいないのではないだろうか。

この世界にいる殆どの心臓は『今』も尚、動き続けている。そう、生きているんだ。

普通に笑ったり、泣いたり、怒ったり、踊ったり、飲んだり、食べたりしている万物は、死の恐怖を知らない。

傷は燃えるように熱く、視界は次第に闇に包まれ、その癖、呼吸音ばかりが騒々しく世界を定義する。

まるで四方が、鋼鉄の檻で閉ざされたと錯覚するほどの、圧迫感の中、死に絶えていく恐怖を知らないのだ。

俺もこの感覚は疑似的な死を体験した時のものに過ぎないが、ただの体験であってもこの有り様だ。

実際がどれだけ苦しみに悶えなければならないかなど、想像に難くない。

それを七千年、背負い、記憶を失っても代が替わっても、変わらず責務のために命を燃やし続けていた。本当に立派なものだ――。


 一秒後、俺は俺の取った行動に理解を置いてきぼりにされた。

胸中にある温もりは、生きている証拠。何度も死に絶え、その度に現世へと舞い戻り、戦ってきた戦士の命を肌で感じることができた。

表情は胸に埋めてある。ゆっくりと滴っていく熱を、俺は残さず全て包み込んだ。


 一時間ほど経過しただろうか。

ようやく普通に話せそうになったザビに、情報を開示していった。その中には、少しだけ触れていた『支配』についての言及もあった。


――『神様』は創世記こそ、人類を憎んだが、後世にて次第に気概の変化が起こり始め、『今』やもう皆、人類を憎む者など、『オリュンポス十二神』を筆頭とする『神様』にはいなくなった。

誰もがその魅力を認め、その行く末を見届けんとする心持となっているのだ。

ただ『死の救済マールム』を始めとする、一部の過激派は未だ、世界の滅亡を渇望している。

俺達の意見は現在の人類と同様――悪の芽を断ちたい。それだけだ。


 この『神様』の『答え』をどう受け取ってくれただろうか。

そのことに関して、ザビは何も言わなかった。ただ下を向いて、「早く新たな『神種ルイナ』の能力を使えるようになろう」とだけ呟いた。

俺も「勿論」とだけ答えてやった。

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