4-42.せめてもの愚行
※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。
僕は時間があることをいいことに、多くの情報を見通していくことにした。
ヘラの裏側にあるものは、これまで見てきたものの中で、一二を争う程
とにかく記憶が消去され、タナトスのことで頭が一杯になっていたのだ。
しかも、それが作戦に関係していればまだ救いがあったが、どうもそう上手くはいかないらしい。
そこには、外見的特徴や声質が好みであるというような、人間の恋愛と錯覚させられそうな内容ばかりが並ぶ、別角度の地獄絵図が展開されていた。
僕と対面したあの時から、自分の脳なんてなかった。タナトスに犯された、一つの駒に成り下がっていたのだ。
ということは、つまり――あの卑劣な作戦もタナトスが考案したものだったのかもしれないな。
きっと否定の言葉など存在せず、首を縦に振ることだけが二柱における会話になっていた筈だ。
「……上手に踊っていたんだな」
あまりにポツリと呟いたものだから、僕も一瞬気付けなかった。
なんでこんなことが言えてしまうのだろう。でも、本心から出てきた言葉だった。
それは間違いようのない真実。これだけ真実を覗かせてもらったなら、それ相応の真実で踊ってやらなくちゃならない。
僕も、
僕は、手を差し出した。それはまるで
しなやかに、繊細に。鋭敏に、感情豊かに――――僕は、拳を振るい始めた。
一発一発に力が籠る。無詠唱での『
腕に疲労が急激に蓄積される。重く痛みを帯びて、何度も何度も視界を往復した。
だが、物が当たる感覚はあれど、どうしてか手応えがなかった。
加速していく拳とは裏腹に、頑丈な壁を殴っているような、そんな感覚が常にあった。
どうして、なんで、理解できない。
僕は本気だ。僕は、救いたい。僕は、ヘラを、タナトスの呪いから解き放ちたい。
だから、倒す。だから、殺す。
逃れられない絶望に頭を埋め尽くされているのなら、死をもって手を差し伸べるしかないだろう。
「――だから、殴ってるのにッ!」
何も変わらない。表情も、状態も、現実も、何もかも。
どこに不足がある。どこに笑われる要素がある。
僕は必死だ。僕は愚かだ。どこまでも馬鹿だと、自分でも思っている。
どうしようもなくヘラが可哀想に見えた。見えてしまったから。その気持ちに嘘はないから。
おい、答えてくれよ。これはヘラ、お前を――。
「足りないですよ」
「え」
誰かの声が聞こえた。どこから響いてくるのかはわからない。
でも、一つだけ言えることは、この声に
「貴方は、弱過ぎるんです」
「は」
「『え』でも『は』でもありません。よくもまぁ、そんな体たらくで」
「……お前、ロビか」
「…………」
冗長に話し出した謎の人物に、直感が悟った『答え』を提示する。
聞き覚えは、もう随分と前。最後に聞いたのはそう、『禁忌の砦』での一件で、五年ぶりに逢った時だった。
だから、直ぐには言い当てることができなかった。それでも、少し注意深く声を聞いていれば、何となくわかってきた。
あの時も、謝ろうとして、いや、言い訳をしようとして、走り寄っていったのに「付いてくるな」と言われ、そのまま別れることになってしまった。
その後、僕は国を任されることになったが、ロビの行く先は当然ながら教えてなどもらえなかった。
『
ザビは全ての名前が共通していたが、『ロビ』は一人だった上に、
偽名だったという可能性はないだろうか。
偽名であるのだとしたら、相当の事態が起こっていることになる。
かつて王城で生活を共にしていたあの兄弟が、また同じ組織の施設の中で暮らしていることになるのだから。
思ってもみない事実だった。僕がやってきたことは本当に罪深く、どこまでいっても、決して手放しに褒められないことばかりだ。
こんな僕が、お母様やお父様との再会を果たしたことで、『今』になって家族を、仲間を、世界を顧みた。
これは、僕にとって大きな一歩であると思っていた。でも、それは違うみたいだ。
――僕にとって、この一歩は全てをつなげるための一歩だった。あまりに大きすぎる進歩だったのだ。
「なぁ、ロビ。お前が僕の妹、そして、ザビの妹であるなら教えてくれないか? 僕は『今』、何をすればいい?」
投げかけた言葉は宙に浮いたまま、暫く放置された。
胸は疾うに限界を超えていた。全身の毛穴という毛穴から、血が滲み出ていてもおかしくない。
そう思えるほどには、心臓に強い痛みと、圧迫感を抱えていた。
でも仮に、これで反応が返ってきたら、どうすればいいんだ。
何をやっても許してもらえる未来が見えない。
僕は、とんでもない質問をしてしまったかもしれない。
いや……もうこの沈黙が始まった以上、先の言葉を取り消すことは不可能だろう。覚悟を決めるしかない。
言ってしまえば、僕はこれまでの人生を逃げ続けてきたんだ。
この兄妹にいいところを見せられる。そんな絶好の場面において、後ろを向いている暇なんかないだろう。
ここで、少しだけ余裕が生まれた気がした。ふとある影が脳裏を過ぎったからだ。
――いつでも全力。どこでも全力。男に後ろの二文字はねぇんだよっ‼
こんな時にこの文句を思い出すなんてな。ありがとう、おかげで緊張が少し解けた。
やがて、大きな溜め息と共に、言葉が返される。
「……はっきり言います。貴方は愚者です。でも、きっとその方が英雄と呼ばれる器なのでしょう。
そして、質問の『答え』ですが……」
一度間が空けられ、一際大きな声がこの不思議な空間の中で反響していった。
「
『今』目の前に立ちはだかるヘラを、魔法を使って倒し続けて下さい!
最初の内は傷さえつけられないでしょう。でも、攻撃を加え続ければ、いつかはぶっ飛ばすことも可能になります。
制限時間は三時間です。もっと早く倒しても構いません。
とにかく倒せるようになれば、覚醒が理解できる瞬間がやってくるでしょう」
一気に話したせいで息がもたなくなったのか、多少鼻息が荒くなっていた。
こんな可愛い面もあるんだな。知らなかった。……もっと関わっていけたらいいのに。
この壁さえ乗り越えれば、その願いも叶うかもしれない。だったら、尚更やる気を出していくしかない。
「わかった。ロビ、見ていてくれ。今度から力、隠さないから」
僕は首をぐるりと回し、軽くその場で飛び跳ねた。深呼吸を一回し、眦を決する。
交錯する視線と視線。一つには光がない。
だが、もう一つ。僕の瞳には、鈍い光が宿り始めていた。
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