4-44.不利全振り試合の猛り方

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 あまりにも手数に似合わない不利全振り試合ワンサイドゲームが続いていた。

きっと既に、時間は三時間を超えている。それでも、まだこの世界は止まったままだった。

謎の存在が気がかりだ。これがもし魔法なら、相当の負荷がかかっていてもおかしくない。

……いや駄目だ。集中しろ。これは、僕に与えられた試練のようなものなんだ。

 ヘラは、何をしようにも意に介さない。泣き喚く訳でもなく、痛みに身体を擦る訳でもない。

何の反応も返ってこないことが、僕の一番の苦痛だった。


 僕は、言われた通りにヘラを延々と殴っていた。

確かに柔らかくなった筈なのに。確かにこちらの突破力は仕上がっている筈なのに。

一体どこが違うのか。やっていることが間違っているのか。

まだ工夫と積み重ねが足りないのか。

一発一発に体重を乗せ、その一撃で全てを終わらせる気概でやっていた。

気持ちはある。手札もある。何もかも用意した筈だった。

でも。……これが僕の実力か。

この程度しか馬力を出すことができないのか。


 いつしか皮膚がただれ始めた。恐らく『迅雷タウ=ウルース』の影響だ。

雷の耐性が追い付いておらず、熱が着実に身体を蝕んでいっていると見える。

このままではヘラを倒す前に、自分が倒れてしまう。

慌てて僕は、ヘラに掛けていた『捏造ファブリケイト』を自分に掛け直す。

今度は、全身を絶縁体と定義して併用していく。

ヘラ自身の弱体化ではなく、自らの攻撃特化を優先する。

処理はうまくいったようで、何とか皮膚の爛れは食い止めることができた。

僕は再度、拳を握り締める。さぁ、第二回戦を開始しよう。


 もう右も左も関係なかった。そこにあるのは、過去の僕を超えていきたいという意志一つ。

皮膚も筋肉も、定期的に魔法で回復させることで、殴打に専念できるように土壌を形成していった。

とにかく一発、正拳突き。よろけたところに、上げ突き、掌底打ちの二連続を被せていく。

右に左に、左に右に。幾重にも何往復にもつなげていき、より強くより速く、より多くの技の種類をお見舞いする。


――まだだ。まだだ。


 内回し蹴りからの外回し蹴り。すかさず踵落し、膝蹴りと流れるように展開していく。

これは、エラーの動きを思い出しながらやってみた。

きっと細かなところを見れば、至らない箇所が目立つだろう。

それでも、そんなことよりも、行使を増やす以前に道はないのだ。


――まだ僕は強くなる。まだ道半ばなのだから。


 全身を凶器に変えながら、一心不乱に攻め立てる。

呼吸も、汗も置き去りにして、ただ前だけを見続ける。進み続ける。


――未だ英雄になんてなれちゃいない。


 思えば、僕は絶大な魔法にかまけて、努力なんて微塵もしてこなかった。

どうやら、それなりなところまでは行けても、どこかには壁があるらしい。

『今』が、その壁の一歩前に立っている状態。壁にぶち当たって、泡でも吐いているのだ。


「うぐッ、あぁ、あぁぁ、クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁあああ‼」


 その壁は高く高くそびえ立ち、僕を軽々しく見下してくる。

これが本気? これが限界? これがお前なのかと。

そんなことはない。僕が実力を隠さなければ、僕が本気で英雄を目指していくのなら、もっと面白い世界を見せてやれる。

強張った表情が全部丸ごと崩れてしまうような、そんな軌跡を描いてやる。


 肩で息をする僕に、目に光がないヘラ。口が少し開き、歪んだ口元だけが残されている。

タナトスにとって、ヘラは虚ろを体現した飼い殺しであり、駒としての最高級な代物だったのだろう。

そんなヘラが、僕が心をもって救う、初めての生物となるのだ。初めてが『神様』なのが、癪でないことはない。

それでも、救うに値する存在であると、イノーの魔法は教えてくれた。


 所作は見る見るうちに、鋭敏化していった。

強さと速さの共存は、もうすぐそこまで来ていた。

あともう少し。あと一、二撃。僕も自然と声が漏れ出す。


「右ッッッッ‼」


 最後は、利き手、左が猛った。


「左ッッッッ‼」


 ――その一撃が、全てをつなげた。空間に罅が入っていき、やがて果てた。

それと同時に、ヘラの表情筋が復活する。

僕は元いた位置に戻され、一触即発の距離感に収まる。時世界が終わったのなら、僕は――。


 耳の奥には二つの存在があった。

一つはドサリと倒れ込むような音と呻き声。

そして、もう一つは聞いたこともない声だった。


「坊や、おいたが過ぎたようだね。アタシを不快にさせた坊やの先にあるのは、地獄のみだ。覚悟しておいて」


 構えの取られた僕の身体が、嬉しそうに跳ねた気がした。

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