1-7.回顧と目標

 ――これは、つい最近の記憶のようだ。

目の前には、見覚えのある道を歩いている俺が映し出されていた。

それを見ている俺は半透明で、宙に浮かんでいるようだった。

昼下がり、ボロボロのエイム・ヘルムの町中をオズと二人で談笑しながら歩いている。

時折笑みも零れ、微笑ましい光景のように思える。

こんな関係性の相手なら、なぜ忘れることがあるだろうか。消えない疑問に頭を悩ませながら、様子を見ていると事態は急展開を見せた。

突然、空から赤色の光が俺目掛けて降り注ぎ、その身を貫いたのだ。

俺だけを狙ったらしく、オズには光に焼かれた痕跡はない。

ただ俺に関しては、もろに食らっているためダメージの程は計り知れない。

地面に膝をつけ、一点を見つめる瞳。

ダメージと言っても痛みはない。どちらかと言えば、精神的にくるものが大きかった。

そこからくる全身の震えは凄まじいものがある。

膝から崩れ落ちるていとなった俺は両の手が前に出され、その二本の支柱で身体全体を支えることになっている。

耳を凝らすと、小さく区切られながら高速で呼吸がなされている。

これはいわゆる過呼吸というやつだろう。

その息と息の間隔がどんどん狭まっていき、その音は反比例して大きくなっていく。

いつの間にか目が閉じられ、拳が強く握られていた。

 しばらくして大粒の汗を掻きながら、ふらふらと立ち上がる。

地面に蹲っているときには呻き声が漏れ出るだけだったが、正気を失ったように訳の分からない言葉を叫び始めた。


「うわあぁぁぁああぁああああ‼

俺は『神様』の手駒となって世界を救うんだぁぁああ!

殺されるための運命を俺は背負ってるってことなんだよぉおお!

ああああぁぁああぁぁぁあああ‼」


 オズは何か落ち着かせることを試みたようだが、てんで駄目だった。

急に叫喚が止んだかと思った、次の瞬間。空を見上げた状態で、ピクリとも動かなくなった。


ドラゴンの噂……俺、行かなくちゃなんねぇ。

こうもウカウカしてられん」


 そう呟いて迷うそぶりも見せず、歩き出した。

状況を聞くオズの声が忙しなく響いているが、答える者は誰もいない。




✕✕✕




 こんなことがあったことを俺は覚えてなかった。でも、今これを見たことで思い出すことができた。

オズの能力はきっと本物だ。

これだけのことがあったのに、忘れていたなんて今思うと考えられないが、思い返すとあの赤い光を浴びた前後で記憶に混濁が見られるようになった気がする。

だからと言って、あの光を浴びる前に起きた出来事もどうしてか覚えているわけではない。

ここまでくると、俺は自分がわからなくなってしまいそうになる。

そういえば、初めなぜ俺は何の疑問も抱かずに、ドラゴンの暴走を止めに行こうとしたんだろう。

一度たりとも考えることはなかったが、実は重要なことなんじゃないだろうか。

オズの『回顧リコレクト』には、大切な何かが、そう忘れてはいけない何かが沢山含まれていたように思う。

俺は『噂』を耳にしたことで、ドラゴンの大暴走を止めることを決断した。その時、ウカウカしてられんと言った気がする。

あの時を思い出してみると、ウカウカなんてしていなかった。ただ歩いていただけだったはずだ。

更に言えば、『噂』だって自分の耳に入ってきた情報ではなかったように感じる。

理由は分かりかねるが、頭の中に『噂』としていつの間にか組み込まれていたのだ。

なら、なぜウカウカしていられないという思考に至ったのか。

さっき見た『回顧リコレクト』から考えられる可能性としては、空からの伝達によって、動かされたということ。

そして、空にいるのは――『神様』しかいない。

 つまり、俺が「こうもウカウカしてられん」と話したのは、『神様』による神託だったかもしれないということだ。

でも、なぜドラゴンとの戦闘を望むのか。未だわからないことの方が多いが、それでも一つ仮説が立った。それだけでも儲けものだと思おう。


「ずっと考え込んでないで、そろそろ私のことも思い出してヨ。

どう?信じたネ~?」


「記憶として確かに存在しているみてぇだ……。

悪かった、信じるぜ」


「信じてもらえてよかったネ。

じゃあ、現在の情勢についても話しておくヨ。

驚かないで聞いてもらえるカナ~?」


 いきなり振られた話題に反応が遅れたが、首肯を返す。

その様子を見て、深く息を吐きだしながら、ゆっくり目を閉じる。そして、意を決したようにその眼を見開いて、


「各地に出現するドラゴンを討伐するために、そして人間の権利を主張して『神様』に抗うために編成された特殊部隊、『我世がせい』、そのリーダーは、ニグレオス国王のエク・ラスター・シセルなのネ。

その勢力は次第に拡大し、世界の約九割を掌握してるのヨ~」


と述べた。

 あの昔の記憶に出ていたエクが、そんなことになっていたのか。これで驚かないのは、不可能だろう。


「そして、ここからは任務ミッションの時間。

その人類最強集団の『我世』に入隊し、潜入調査をしてきてネ。

もしかしたら、隊の中にザビの症状について知っている人がいるかもしれないヨ~」


「はあぁぁぁぁぁああぁぁぁあああ‼」


 その後、何度打診しても行かされる未来は変わらないようだった。

かくして、俺は兄のエクが指揮する『我世』入隊を目指すこととなったのだ。

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