『我世』編IV〈結〉

4-10.一国三公、誰が為の身体

※今回からまた、ザビ視点に戻っています。



 戦いを終え、もう既に三日経っていた。

毎日のように復旧作業を手伝い、いち早く喧騒を取り戻そうと、人一倍声を上げていた。

 だが、その夜には、毎回毎回悩まされていることがあった。

あのスビドーでの戦いがあった後から、この悩みはずっと続いている。

そう、俺は――頭痛の絶えない夜中に苦しみ続けているのだ。

一定でない痛みの周期に、死んだ方がマシだと思ってしまうほど、俺は追い詰められていた。

呻き声は止まず、同部屋に迷惑が掛かってしまうのも許容してもらっていた。

そうしてもらわなければ、日中こき使われた身体が明日には動かなくなってしまう。

 ――兎にも角にも、朦朧とする意識の中、何とか手繰り寄せた一縷の睡魔にしがみ付いて、床に就いていた。


 これは偏に、これまではなかった事象であった。

原因として考えられるのは、オズもへイリアさんも、意識が存在し続けていること。

彼らは夜中につながった意識回路で、各々の意見をぶつけ合っているようだった。

脳は一つしかないのに、そこで料理をしようとしている人格は三つ。明らかに定員を超過していた。

これでは、死にたいという願望が叶うのも時間の問題かもしれない。


――おい、そんなに表に出てこれる訳じゃなかったんじゃねぇのかよ!

頭が『今』にもかち割れそうなんだけど⁉


 俺もいつしか脳内での会話の仕方を熟知していた。

一度、アナの自殺騒動の時に、『干渉共有オーバーサイト』で会話自体はしていたが、これほどまでに日常に定着するとは思わなかったため、改めて習得するようなかたちとなった。


――何言ってるのヨ、ザー。喋られるなら、喋りたいに決まっているでしょネ!

いつもこの口の悪い人と付き合っているのも大変なのでネ~!


――おい、なんだと、てめーよっ! 名前なんて憶えてやってないからな!

僕の身体は僕の意志で動かしてこそだろう。

主張が身体に反映されるまで、まともに口をきいてやると思うな!


 凄い口調だ。この三日間、何度も何度も衝突を起こしていたことが予想される。

正直、ここまで分かり合えないとは思えなかった。

 確かに、元からこの身体にいたのはへイリアさんだった。

勝手に乗り換えてきたのは俺達の方だ。文句を言われるのも無理はない。


 でも、ここも疑問点の一つに挙げられる。

なぜ俺は、まだ定着していないであろうへイリアさんを操ることができたのだろうか。

俺は、寄生の瞬間から、主導権は握られてこなかった。

生命力の問題という訳でもないだろうし、本当に何が関係しているのだろうか。


 オズとの座学では、『寄生種パラサイト』は宿主の身体を徐々に蝕んでいき、本人と成り代わるのだと聞いた。

『今』を見ても、その過程が行われているようには思えなかった。つまりは、俺の寄生が失敗してしまった可能性もある。

そうなれば、『今』のような、前の人格と、新しい人格が喧嘩をしてしまうこともあるのかもしれない。

だとしたら、この解決策はどこにあるのだろう。

普通なら、取り込まれていることも悟らせないままに成り代わる。

でも、今回は成り代わろうとしていることが前の人格にも気付かれており、タダで自分の身体を渡すとは考え難い。

となれば、一生抵抗が続き、俺の夜の頭痛は終わらなくなってしまう。――おい、そしたら一生起きていることと同義にならないか。

精神的な死だけでなく、身体的な死も近付くとは、俺の楽園は一体どこにあるんだ?


 考えの行き着いた先が恐怖以外のなにものでもなかった。

それだけは死んでも嫌だ。死んでも救いはないと知っていても、早急に仲良くなることを要求したい。

あぁ、一体どうすればいいのやら。……一旦、駄目元で軽い素振りをしてみるのはどうだろうか。

これで上手くいけば、万事解決だし、解決しなければ……また新たな手を考えていけばいい。


――なぁ、仲良く手と手を取り合うってのは……。


――絶対無理! ――難しいヨ!


「はぁ……。だよなぁ」


 思わず実際に言葉が漏れてしまった。

小さな声だ。きっともう寝ているであろう室友には聞かれなかった筈だ。


「大丈夫かよ、しっかり寝とけ。また、明日ガンガン働かなきゃだからな!」


「お、おう」


 しっかり聞かれてしまっていた。これは悪いことをしている。

同じ部屋というだけで、要らぬ心配をさせてしまったのだ。

折角、師匠エラーとのお別れにも心が落ち着いてきたのに、運命は俺を虐めるのが好きみたいだ。

これが所謂、絶望か……。

いきなり格好つけてみた俺の思考に、ケチが付けられる。

はいはい。わかった。二人共、できるだけ早く眠ってくれよ。

――そう思いながら、俺は額に手を当て、目を瞑るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る