迷宮の姫 二人きりになる 前編

 昼ご飯を終えた後、竜騎士は娘を伴って帰宅することに決めた。


「どこか寄ってかないの?」

「廟の周辺ならそこまで変な奴はさすがにいないけど……これ以上好き勝手するなら少し護衛がほしくてね」


 城に連絡して迎えの馬車をよこしてもらうことにしたらしい彼に、学者が「せっかく出てきたのに」と話しかける。彼は首をすくめてみせた。


「ま、さっき君も自分で言ってたけど、いくら迷宮領とは言え、今日は知り合いによく当たる日だったしねえ。たまたま大人しいメンバーだったから何もなかったけど、面倒な奴と会ってしまったら、確かにこの人選じゃ不安だ。私は戦力にならないからな!」

「言語化どうも。……トゥラ、もう少し遊んでいきたいかもしれないけど、今日は準備不足だから。また今度、買い物に行こうね」


 ほー、とやりとりを見守っていたシュナは慌てて首を振った。


 お出かけは楽しいが、自分が気を遣わせる境遇であることは心得ているつもりだ。

 連れてきてもらっていることに感謝こそすれ、都合で帰る、ということに欲求を優先して駄々をこねるような真似はしない。

 というか本人は別にそこまで買い物欲求はないし、色々与えては喜んでいるのはどちらかというとデュランの方である。


 それよりも帰りは行きの通路は使わないのだろうか? という点について疑問に思ったのだが、「デュランは学者と廟に行ってその途中でトゥラを拾ってきた」というストーリーを二人が打ち合わせているのを聞いてひとまずは納得した。


「昨晩の自分の所行を猛反省して廟に行くってのは、そこまで不自然じゃない流れのはずだよな」

「髪染めもまあ……領主様あたりは何か勘づくかもしれないが、気分変えたかったんだなってのは皆納得してくれるだろうさ」

「服の手配の方だけ、関係者に言い含めていただければ……」

「あー。タイミングがね。事実に照らし合わせて計算すると、証言と食い違うからね。ま、担当者はたぶん私より人の機微に聡いし、そんな変な事にはならないよ。万が一露見しても、裸で一晩抱き枕にしたまでバレなければ君の首は繋がってるんじゃない?」

「そこ暴露されたら俺は迷宮の闇に消えかねないから本当にやめて」


 ひそひそ話し合っている途中、ふと何かに気がついたようで、学者が片手を上げた。


「今、思ったんだけどさ。我々、結託してここまで頑張ってきたわけだけど、どう小細工しても侯爵夫人の目はごまかせないんじゃないかな? 少なくとも最低限、朝方一緒にいたことは余裕でバレるよね? あの人の情報網エグイし、シンプルに勘凄まじいし」

「それはね。俺も途中からうっすら思いはしたことなんだけどね」

「逆に小細工したことによって、素直にごめんなさいと言い出すよりも怒りを買わない? 大丈夫?」

「…………」

「…………」

「俺、なんで一瞬でも行けるって思ったんだ……?」

「どんと、まいんど。そーくーる」


 悲痛な雰囲気を漂わせ始めた領主子息を、ポンと学者が叩いて慰め、傍らの娘は目を丸くして見上げている。


「もうしばらく深酒はしない……」

「そだねー」

「先生も同罪だよ……」

「共犯扱いになるのかなあ、これ……教唆? 幇助? 教唆ではないね、私から持ちかけたわけでなし。そうしたら同罪というのは厳密には違う、どうあがいても君の方が量刑が重」

「わかった、わかったよ! 俺一人で怒られるよ! ただその場合、約束した報酬そのまんまは出せないけど汲んでね」

「仕方ないね。首が飛ばないことを祈る。社会的にも物理的にも」

「これからは酔いたい夜はもう寝ずの番をつけるしかないな……」


 物騒な単語がちらちら漏れ聞こえているけど本当に大丈夫なのかな、とオロオロ娘が二人を見比べていれば、気がついたデュランが幾分力なく微笑んだ。


 そういえば今回、遡って思い出してみればどうやら帰還したシュナが直接デュランの部屋に現れてしまったことが問題のようなのだ。


 さすがに寝室で二人きりでいるところを見られるのはまずい。らしい。だからデュランは一度城を出たのだ。今回はお出かけというより、城を出る事の方が目的だったので、帰還を早めても特に問題ないと言えるのだろう。


 そこまで状況を整理していて、シュナははっとした。


(ということは、デュランが今困っているのはわたくしのせいだわ!)


 元はと言えば転移で正確な位置に出られなかった事が原因なのではないか。

 デュランの部屋だからなかなか悪くない場所だという気はするが、鉢合わせた時の彼の様子は大層怪しかったし、そもそも裸だった。

 つまり、今回のシュナの転移は必ずしも成功と言い切れないのである。


 だというのに自分と来たらまたのんびりして、と己を反省する。


(次はちゃんと、自分のお部屋に戻れるようにしよう……)


 たぶん今回、「城! デュラン!」と念じたのがまずかったのだと思う。「城! 部屋!」と改良することを心に決めた娘の前で、「さて暇な時間は私の話でも聞きたまえよ」と何か語り始めようとした学者がピタッと動きを止めた。


「おやおやおや、ハルファリエ君じゃあないか!」

「ダーンベルク先生!」


 一行は廟に詣でる道の左右に連なる店の軒先の一つにたむろしていたのだが、往来を杖をついて歩く老人と目が合った学者が駆け出して行く。


 先生、と呼ばれてはいるが、今回一緒に行動しているハルファリエや、いつも診察してもらっているオルビアのように、ローブや白衣を身につけているわけではない。

 髪はボサボサで目はギョロギョロ、着ている服はあちこち繕われているという差異はあるものの、それ以外はたぶん普通の私服だ。


「あー……元冒険者のおじいさんだよ。今は現役引退して、あちこちさまよってる。迷宮に潜ってた頃から怪しげな発掘品を売りさばく男だったらしいが、なぜかそれで商売が成り立つ上にハルファリエと妙に馬が合うんだ」


 シュナがじーっと見つめているのに気がついたデュランが、こそっと説明してくれた。


 なるほど、少し変わった風貌で近くに来られたらぎょっとするかもしれないが、からから笑う姿は陽気で、学者と話を弾ませている。


「じゃ、閣下! 私は宇宙の神秘を解き明かす至上命題に挑むから!」

「……うん?」


 振り返った学者がようやく話を終えたか、あるいは紹介をしてくれるのかと姿勢を正した二人だったが、爽やかすぎる笑顔で言い放たれた言葉に二人とも目を点にする。


「大丈夫だよね、だってもう帰るだけだし! 報酬はまた相談しよう!」

「行くぞお! みなぎるパワー!」

「至れ女神の腹の底ォ!」

「ちょっ、おい、先生──」


 ローブの女性は、ボロボロの老人とがっしり肩を組み合ったかと思えば、土埃立てる勢いでいなくなってしまった。


 完全に出遅れたデュランが「やられた!」と顔を押さえる。


「ハア……分が悪いからさっさと降りておくと見られたか、単にいつもの悪い癖、興味が出たら一直線が発症しただけか……」


 きょとんとしていたシュナは「はう!?」と我に返ると慌てるが、


「大丈夫。もうすぐ着く頃だろうし、後は帰るだけだから。ハルファリエの方も、まあ……大丈夫だろう。あの爺さんはうさんくさいが、せいぜい小悪党程度だし」


 と言われると「そうなのか」と落ち着く。


 ここでそういったんほっとしてしまう辺りが、箱入り娘の悲しい習性である。


 学者が行方をくらました状態で馬車の迎えが来ると何が起こるのか。


 彼女は実際その事態に至るまで、危機感を思い出すことができなかったのであった。

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