亜人 悪巧みをする 後編

 オルテハが服を着込む――と言っても迷宮に潜る予定がない時の彼女の服はかなりの露出度を誇るから、この行為を指さして服を着ると言っていいのかは、いささか物議を醸しそうなところだ――頃に、室内は惨劇の場から薄汚いがまあまあ一般的な部屋の姿に戻っていた。


「さすが僕ってば優秀。これならギザもにっこりすること間違いなしだね」


 と自画自賛している特級冒険者に冷たい目を送りながら、彼女は机の上の籠の中の果物に手を伸ばす。これもまたザシャが持ち込んだ物だ。空間法則をいささか無視できる自分の鞄の中から取りだして、「まあまあ、さっき買ってきたばかりだからまだまだ行けるよ」なんて言いつつセッティングしていた。

 オルテハが豪快に赤い果実にかぶりつくと、しゃくりといい音が鳴る。ザシャの方はぽつぽつと小さな丸い粒が房となっている果物を選ぶと、地道に皮を剥く作業を始めた。その合間に、ふと何気なくまたオルテハに話しかける。


「ああそうだ、テハちゃん。ところで君ってさ。どっちでしょークイズを当てるの、得意だよね」

「ハア? 何言ってんだテメー、意味わかんねーよ何の話……あー、あれか。男装女装入り乱れて、この人はどっちでしょうってやる奴。低俗と下品の極みの見世物芸――なんであれで他の奴らは盛り上がれるのかね、あたい全然わかんねーよ」


 一瞬怪訝そうに思いっきり顔をしかめたオルテハだったが、すぐに思いついたことがあったらしく、いったん口から囓りかけの果実を離して揺らしながら続けた。


 オルテハの言う通り、ザシャが話題にしたのはギルディアではそこそこ定番芸、余興の一つのことだった。見るに堪えない醜悪な容姿を見せびらかすことでおひねりをもらったり、売り物の美しさを際立たせて買値をつり上げたり、そういうことに使われる。


 ザシャはせっせと皮剥きを続けていた。剥き終わって食べられるのを待つ実、剥かれた皮を、案外几帳面により分けながら微笑みを浮かべる。


「そ。アレ。君にとっちゃ確かにくだらないつまらないの極みかもね。だって男か女かなんて、んだから」

「そりゃそっちだって同じだろ。あたい以上に色々と見えてるんじゃないのかね」

「僕はあれ、とっても好きだよ? ほら、見てる人をじっくり見られるし、口にすることって自己紹介だから。慎み深い相手だと嫌がらせにしからないけど、低俗で愛おしい連中なら不幸の数は千差万別、いくらでも楽しめるじゃない」


 オルテハは一瞬黙り込み、気持ち悪い物を見る目でザシャを見つめた。が、直後すぐに「こいつに何言っても無駄だったわ」とでも言うように頭を振り、むしゃむしゃと半分以上欠けた果実の残りを頬張ってから喉を鳴らして嚥下する。


「……ま、女の香りってのはね。多少取り繕ったぐらいじゃごまかされないんだよ、あたいにはわかるのさ。それがどうかしたのかい」


 オルテハが胸を張ると、面積を迫害されている胸部の布が悲鳴を上げ、中身がこぼれ落ちそうになる。全く構わず、彼女は残った果物の芯を放り投げた。くずかごに向かって飛んでいった食べかすは、見事に収まって音を立てる。

 甘い果物から今度は柑橘系に手を伸ばしているオルテハの前で、ようやく皮をむき終わったザシャが今度はちまちま種を取る作業を始めている。一連の作業ですっかり手がべたついているが、さほど気にした様子はない。


「素朴な疑問なんだけどね。君の素晴らしい才能って、動物にも発揮できたりしないかな?」


 オルテハは反射的に籠から手を引っ込めたようだ。先ほど以上に腰を引き、不快感と困惑がごちゃ混ぜになったようなすさまじい表情を作っている。


「……あのさ。動物だぜ? そういう目で見たことがなかったよ。というかまさかあんた、あたいをそんなド外道だと思ってたのかい」


 確かに亜人の容姿は半分ほど獣と混ざり合っているが、本物の四足に比べれば遙かに人間に近く、伴侶と認める相手も人型が対象だ。獣姦趣味なんて際物の極み、皆無とまでは言わないがけして表だって公表できることではない。


 さすがにナイ、と顔にはっきり出して今にも部屋からたたき出しそうになった相手に、特級冒険者は大声を上げて笑い出した。


「待って待って、違うよぉ! 侮辱してないし性癖暴露でもないってば! ただ、君のセンサーの感度について純粋に知りたいと思った、それだけだよ。信じて? 僕が興味を持っているのは人間だから……ね?」

「らしくない。なんか歯に詰まったような言い方するじゃないか。あんたの審美眼が通用しない相手でも出たのかね。だからあたいに裏取りしてほしいってか」

「んー。まあ、そのものズバリではないけど遠からず?」


 今度はオルテハが声を上げて笑う。掌サイズの柑橘を引ったくると、人の悪い人相で口を歪めた。


「こりゃ驚いた。天下の宝器コレクター様が、自分の目が信じられなくなってきたってか? 鑑定は大事な商売道具の一つだろ、腐らせたら級が落ちるかもしれないぜ?」

「ご心配どうも。でもそういうことじゃないよ。ただ、確証が取れないんだ。僕は証拠を抑えに行けない。一応試してもみたんだけど、嫌われ者は持続中、どころかますます警戒されてたみたいだしねえ」


 指を濡らす果実汁をぺろりと舐めとったザシャに、オルテハは丸くした目を瞬かせた。


「……まさか竜? 竜を見ろってのかい? それで男か女か見分けろって? ハハァ、こいつは傑作じゃないか、ザシャ! あんたやっぱり今日変だ、いつも以上に狂ってやがるぜ! いよいよ本格的に頭がいっちまったかね」

「僕はいつだってよ、テハちゃん。君らが言うには、だけど。大丈夫、君らの誰よりも僕はあいつらのこと知ってるよ、構造のことならね。だって実際に解体したもん、たっぷり時間をかけて、隅から隅まで」


 にやけていたオルテハが言葉を失い、黙り込んだ。丹念に時間をかけて手入れした房のなれはて達を、ザシャはひとつかみで口の中に放る。準備に時間をかけた割に味わう時間は短く、あっさりしたものだ。籠の脇のタオルで手を拭いながら、口周りに舌を這わせる。


「テハちゃん。僕、気になる子がいるんだよね。

「……まあ、なんとなくあんたの動機は見えてきたよ。それでも何考えてんのかわかんない男だね。一人じゃ心許ないって協力者を探すってまではわかるが、なんでわざわざあたいを選んだ? あたいだって別に、奴らと仲がいいってわけじゃないよ。あんたほど毛嫌いされてるわけでもないけどさ」


 柑橘類を平らげた後、ソファの上であぐらをかいてボリボリ頭をひっかいているオルテハの方に顔を向けたまま、特級冒険者は机の端に肘を置き、頬杖を突いた。


「君本人はそうでもない。だけど君にはたくさん恋人がいる。竜騎士は真面目で正義感の強いナイト揃いだ。それなら、名もなきお姫様の群れをけしかけるのが一番手っ取り早いでしょ?」


 ぴん、とザシャは机の上に一つ残っていた種を指で弾く。するとたった一粒に連鎖して、次々バラバラと残骸が机から落ち、屑籠の中に吸い込まれていった。ぐりぐりと指を雑に拭う動きを目で追い、オルテハは髪をかき上げる。


「……知り合い皆に声をかけて、おかしな竜の情報を集めて、あんたに伝えればいい。そういうことかい?」

「話のわかる子って好き。愛してる」

「あたいが顔の整った男や騎士って生き物を嫌ってて、お気に入りを近づけさせたくないことも知っているはずだが?」

「ちゃんと訓練したら逃げなくなるよ。そこまで君の趣味でしょ?」

「……あんたはあたいに何をよこすつもりだい。今日一日で全部前払いですなんて言ったら腹に風穴開けるからね」


 亜人は笑ったまま、人差し指をピンと立てた。

 しん、と部屋が静まり返る。オルテハが沈黙したのは、ザシャの言った名前を忘れたからではなく、むしろ覚えていたからこそなのだろう。


「ちゃんとうまくやってくれたら、君にあげてもいい。。あの子がめちゃくちゃになるなら、それが僕でも、僕以外の誰かのせいでも」


 オルテハは舌打ちした上鼻を鳴らし、立ち上がった。


「わーったよ。どうせ誰かに泣きつくか、ここで全部聞かなかったことにしても。何故か話を聞いたあたいが全部悪いってことになるんだろ。汚え奴だ、本当に」

「あはは」


 オルテハはばんと両手を突き、薄ら笑みを浮かべたままの亜人を見下ろして低く唸った。


「ならせめてあたいにもいい思いさせろよ? 特級冒険者サマよ」


 上目遣いに彼女を見つめる金色の目が、きらりと怪しい輝きを放った。


「それは君の働きと、運次第かな?」

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