姫 また質問をする

 デュランと久しぶりに竜の状態で時間を過ごしたシュナは、その後迷宮に残って竜としての訓練を続けていた。


 ネドヴィクスは怪我を治すとかで、シュナの見知らぬ場所に引っ込んでしまったようだった。培養槽ウームとかアグアリクスが言っていただろうか、そこでじっとしているらしい。


 ウィザルティクスはどうやらアグアリクスに相当怒られたらしく、謹慎処分を受けたのか自粛なのか、しばらくはシュナに近づけない沙汰を言い渡されてしまったらしい。張り切っていたからちょっとかわいそうな気もするが、主に部屋を破壊した様子が心当たりとしてよぎる。あれをもう一度やられたらたまったものではないから、きっかり反省してもらうのも大事なことなのかもしれない。


 自然と――いやもう必定と言ってしまえるだろうか、デュランとの冒険に同行した二竜が姿を消せば、シュナのお守りはエゼレクスが主体となっていた。


 時折他の竜も近づいてくるのだが、エゼレクスほどずっと一緒にはいない。かわりばんこに時折様子を見に来て、満足すると帰るような感じだ。


《アグちんからお許しが出たから、僕はとことんシュナにべったりするのだ。えっへん!》


 緑の竜はそんなことを言って胸を張っていたが、


(でもデュランとの冒険の前、ネドヴィクスをわたくしを置いていったのもエゼレクスだったような……)


 と、いまいちこの混沌の気まぐれさに対して警戒を消し去ることのできないシュナである。全部委ねてもなんとかしてくれそうな安心感というか、そういう雰囲気を持っている竜はシュナの観測上今のところアグアリクスだけだ。道理で他の竜達から一目置かれるし、母の世話役? を任されているはずだ、とちょっと納得する。


 とは言えエゼレクスも優秀な竜だ。加えて、何しろよく喋る。口が回りすぎて竜用語を連呼することもあるが、基本的にはシュナの顔色を窺いながら、わかりやすい言葉を調整して選んでくれている気がする。会話機能が充実しているとは本人の言葉だったろうか。ネドヴィクスも悪い竜ではないのだが、やはりあの独特の文法を読み解くのは地味に大変なのである。



《竜には雌雄がない、って言っていたかしら。お父さんとお母さんがいないって、どういうことなの? 絵本で見たのよ、竜って卵で生まれてくるんでしょう? 卵って鳥が産むあれのことよね。それなら竜の卵は誰が生むの?》


 飛行訓練の合間にそう聞いてみると、大木の真の枝の上でゆるゆる尻尾を振りながら彼は彼はうーん、と少し考え込んでいた。



 ちなみに飛行訓練の教師がエゼレクスと聞いて(まさか曲芸飛行の伝授……!?)とシュナは自分の身体が強ばるのを自覚したが、アグアリクスに厳命されたか、さすがに自重したのだろうか。案外レッスン内容は普通の飛行だった。例えば飛びながら同調シンクロをするだとか、動きに緩急をつけるだとか、今までやってきたことをおさらいしつつ、組み合わせたり付け加えたりといった所だ。



 今も飛んでくる障害物を避ける練習を終わらせたところ、広い場所は大分慣れてきたから次は狭い場所の飛び方だね、なんて教師は言いながら頭をポリポリひっかいていたのだ。まもなく答えが整ったのか、パチパチと瞬きして彼は大きな口をカパリと開ける。


《それはおとぎ話の創作か――あ、ごめんたぶん禁則事項だから注釈部分は省くわ。とにかく、ここの竜は皆培養槽で発生し、成熟すると自分で外に出てくるんだよ。あ、ちなみに他の魔物も同じように作られてる。竜の培養槽はまたちょっと特別仕様なんだけどね》

《……そもそも培養槽って、なに? 竜の赤ちゃんはそこにいるの?》

《小型プール。あと竜に赤ちゃんはいないよ。まあ幼体から成長はするけど? 未成熟なら出てこないし、出てきても生きてられないし。未熟で生まれてきたのは君ぐらいだから、同じだと思わないように》

《プール……赤ちゃんがいない……?》

《貯水槽。人工池。無理矢理人間で例えると、僕らは皆生まれてきたときには大人の姿をしているし、知識も蓄えているのさ。おぎゃあって言った瞬間から立って歩くし言葉も喋るし食事も自分でできる、的な》


 シュナの反応が鈍いと即座に言い換える。この辺りがさすがの会話上手である。しかし言葉はわかるが意味が理解できないと言うか、いまいちピンとこない。

 赤ちゃんってお母さんのお腹の中にいるものなんじゃないのか、だって大人が大人のお腹に入るのはどう考えても無理だし。シュナは唸りながら首を捻っている。


《……それで、エゼレクスはお池で生まれたの?》

《君だってシュリの腹の中の羊水に浮かんでたんだから似たようなもんだろ》

《ようすい……?》

《知らないの? 赤ちゃんの部屋は液体で満たされてて、生まれる前の生物はそこに浮かんでるんだよ》

《…………?》

《まあ興味あるんなら今度見方教えてあげるよ? たぶんその気になれば君、できるでしょ。視界の設定を変えてエコー画像モードにして体内にロックオンし、内臓の動く様子からリアルタイムで確認可能――》

《え、遠慮するわ……!?》


 知らない言葉がたくさん出てきたと思ってうなり続けていたら、なんとなく話が不穏な方向に舵を切りそうになった気がしたので、シュナは慌てて別方向に舵を切ろうとする。知的好奇心にも分野の得意不得意はある。身体の仕組みに興味がないわけではないが、グロテスクな物は苦手だ。内臓云々とか言われたらさすがに引く。エゼレクスは特に未練も見せず、《そう?》とあっさり言葉を止めた。


《ねえ、お父さんもお母さんもいないのに生まれてくるってどういうこと? どうして?》

《そもそもなんでお父さんとお母さんが必要なのかご存じでない子がそれを聞くかね。……まあいいや、なんでもないから今の忘れて。えーとだね。広義の意味ではシュリが母親と言えなくもない。いや、どっちかって言うともう兄弟って言った方が正しいのかな? まあ雑に言うと親戚ではあると思うんだよ、皆元になってる因子は同じだからさ》

《……因子》

《詳細は禁則事項。まあ、シュリにも僕にも元になった物があって、そのデザインを読み込んで、不要と思われる部分を削って、必要な構造や機能を付け足して、組み合わせて……そうやって竜を作ってるのさ》

《作るって、誰が? お母様が?》

《シュリは実際作るって言うか、発生過程を見守って、調整するのがメインだよ。僕たちを作るのは迷宮。というより、僕たちが迷宮のシステムの一部》

《……???》

《見るのが手っ取り早い気はするけど、さすがに培養槽ウームは大事なところだから、今まだゲスト判定が出ている君を連れて行くのも微妙なんだよね。まあ僕から言えることは一つ。頑張って進化して目覚めて。そしたらたぶんあらゆる問題が全部解決する》


 最終的にそんな雑なまとめ方をして、エゼレクスは訓練を再開した。


 ……しかもたぶん気のせいでなく、ちょっと訓練内容が難しくなっていた。




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