どっちつかず デリカシーに泣く
ジャグ=ラングリースと別れを告げ、びくつきながら彼に連れられて去って行ったデュランの後ろ姿を見送ってすぐ、シュナは猛烈にジタバタしたくなった。というかした。
主に「私とあの子(だが本人である)どっちが好きなのよ!」という問いをぶつけてしまった問題についてである。
(どちらも……どちらも……!)
悩めるは乙女心。選ばれても選ばれなくても嬉しいし悲しい。
そう、悲しみもあるが、確かに嬉しいのだ。
呆然としたシュナは、片方を選ばれなかったことについてちょっとショックも受けたものの、その後じわじわ喜びの方がこみ上げてくるのを自分に隠しきれなかった。
そしていやそんなはしたない、とか、そもそもなんであんなことを言ったのわたくしは、ばか! とか悶えているうちにふと気がついた。
人は人。
竜は竜。
けして交わることはできない。
どちらかしか選べない。
母の告げた残酷な真実。
(……本当に、そうなのかしら?)
母の言っていたことをよく思い出してみれば、「完全な竜、あるいは人間として生きたいのなら自分はその望みを叶えることができる」だ。できる、であって、しなければならない、ではない。
(今のまま。どちらのわたくしでも。もし……全てがわかっても、デュランがどちらのわたくしも望んでくれるなら)
それは淡い希望の灯りであり、素朴な欲望の発生だった。
どちらかだけ?
どちらも。
本当は、どちらも。
(そう望んでもいい? あの人なら叶えてくれるのではないかしら?)
そもそもシュナが真実が明るみになることを恐れるのは、それで嫌われるかもしれないから。
嫌われないのなら。
今のままでいい、どちらも大切だと言ってもらえるなら。
(悩む理由なんて、あるのかしら)
けれど何か、漠然とした不安がわずかに残る。
それが浮かれた気持ちを抑え、シュナに問いを向け続ける。
本当に、それでいいの?
(……お母様も、皆も。ヒントはくれるけれど、答えではない。わたくしのことは、わたくし自身で決めないといけないのだわ)
ふと、心細さが塔を呼び起こさせた。
父の帰りを待っていた日々は、退屈で不自由だったけれど、ある意味今以上に自由だった。
だって、父の言うことを聞いていればよかったのだから。
(自分で選ぶって、難しい事ね。だって、選んだって事は……責任が生じる。そういうことなのだもの)
結局、シュナが恐れているのは、どちらもという結論を出して、全てを失うこと。
全てが手に入れられるなら、それに越したことはない。
しかももし失敗したとき、誰かのせいにできない。
人だけ選ぶ、竜だけ選ぶ。その選択をするのなら、母の力が必要になる。こうではなかった、という未来にたどり着いても、あの時母が、と考える――考えてしまうことだって、できるのだ。
しかし、どちらも選ぶと選択したなら、それはシュナが自分自身で最も困難な道をあえて選んだ、ということになる。
だから躊躇するのだ。
このままデュランと嘘の関係を続けて、必ず終わりはやってくるはずなのに、自分では動かず、そのまま成り行きに運命を任せてしまいたい気すらする。
そこまでようやく気がつくと、今度は自分が酷く浅ましいものに思えてきた。
そんな彼女がいつまでも入り口付近で外の方を見つめながらぐるぐる思い悩んでいると、エゼレクスとウィザルティクスがやってきた。
《通りすがりの異端です》
《同じく通りすがりの風紀なのであります》
と二匹は自称していたが、何か感知して様子を見に来てくれたのだと思う。この二竜は特にシュナのことを気にかけて世話を焼きに来ている……ように、感じられる。
(そうね。一人でぐるぐるしていると、なかなか先には進めないわ。相談してみるのも、いいかも。すぐに解決はできなくても、話しているだけで自分の考えていることがまとめられるし……)
一瞬、二大かしまし担当(しかもどちらもデュラン否定派)が来たことに怯んだシュナだったが、すぐに前向きな方に思考が切り替わった。
思い切って、二竜に聞いてみることにする。
《あのね、少し考えていることがあるの。人と竜、どちらを選ぶかということなのだけれど――》
《竜を選びなよ、竜を》
《そうであります! 姫様には
緑と銀の竜はかっぱり大きな口を開けて次々断言した。
即答だった。「どちらも選ぶというのは、傲慢かしら?」までたどり着く前にさっさと結論を出されてしまった。
(そ、そうよね……! この人達ならそう言うわよね……!)
聞くまでもなく最初から見えていた結論だった、と少し遠いところを見つめてしまっているシュナに、二竜は首を傾げて言いつのる。
《だって人間としての君はとても無力なんだよ? なんでそっちに拘るのさ》
《そうであります。竜の時の方ができることは多いのであります》
《飛べない、魔法も使えない、喋ることもできない、非力で、誰かの世話がなければ生きていけない――》
《正体も明かせない、家族もいない、富も財もない――美しさは美点であるかもしれないでありますが、それも人間なら必ず時を経て失うものなのであります》
《シュナって人間の時さ。自分は誰かよりすごいんだぞ! って思えるような事、あるの? 意地悪言ってるんじゃないんだ、そう聞こえちゃうかもしれないけど》
《そうであります。
《だって、人間は群れで生きるでしょ。……もちろん例外もあるけど、基本的にはそう設計されてるの、種族として。そうするとどうしても、生きていて他個体が目につくよ。皆は物知ってて力あってなんでもできて、それに比べて自分は……そんな劣等感抱えて生きていくの、辛くない?》
《しかも言葉が伝えられなければ、その悩みを誰かにわかってもらうことすらできなくなるのであります。本当に姫様は、そんな風に生きたいのでありますか?》
シュナはしばし虚を突かれ、目を瞬かせた。
会話機能が充実していると主張するだけの事はある、淀みなくすらすら述べられる言葉はまるで流れていく水のように自然で滑らかで、理屈が通っていて、それなのに飲み下しがたい。理解できるが納得まで落ちてこない。何か違和感がある。
そうではない。人間でいるということは、損得の問題ではないのだ。なぜならば……。
《わたくし、人間として生きてきた時の方が長いのよ?》
今までの自分を全てごっそり捨ててしまえ、と言われたら、抵抗を感じるのは当たり前だ。
だから自分は、姿が変わり、言葉を失っても、人間の娘である自分を手放しがたいのだ。
それに、だから解決策として、もう両方選んでしまうという選択肢はありなのか……という方向に話を持って行きたいのだが、どうも今日はシュナの思う通りに進まない。
《え? 姫様、計算違いでありますよ? だって姫様が人間だったのは十八年、竜は百年。ほら、どう考えても竜としての方が長いのでありま》
《やめとけノーカンだから。睡眠中の年はシュナは計算外にしてるから。本人の主張では未だに十八歳だから。夢見る乙女だから》
ひゅっと息を飲み込んで固まったシュナの前で、二竜は会話に花を咲かせ続ける。
《そうなのでありますか。まあ姫様実際に人間としても竜としてもまだまだ未熟個体でありますしな》
《お前のそういうところ、実は個人的に嫌いじゃないけどそれでいいのか? って思うことはあるよ》
《それは褒めてるのでありますか?》
《どちらかというと貶してる。……あ、でも閃いた》
《なんでありますか。懲らしめるのは聞いてからにしてやるであります》
《加齢すればデュランも諦めるんじゃ?》
《そうでありますよ! なので姫様はやっぱり百十八さ》
《デリカシーのない竜は嫌い!!》
最終的に泣きながら彼女はその場を後にすることになった。
残された二竜が、
《まあボクも悪乗りはしたけどお前の方がより罪が重いからな》
《はあ!?》
などとお互いを小突き合うのを横目に、やれやれと距離を取って様子を見ていた白い竜がシュナの後を追っていった。
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