姫 船に乗る

 いそいそと準備を済ませ、いざ外へ! とやる気に満ちあふれているシュナにお迎えがやってくる。


 三人ともいつもとは違う系統の服に身を包んでいた。ものすごく地味な普段着、とでも言おうか。シュナが普段着せてもらっているドレスは華やかなデザイン、色合いの物が多いので、今日のような装飾も少なく落ち着いた紺色の服は新鮮である。

 デュランも普段に比べると大分大人しい服を着ていた。と言っても彼の場合、髪色が派手だから着る物の色も自然と限られてくる。今日は茶色かった。



「トゥラ、よく似合ってるよ。可愛い」


 褒められてニコニコしているシュナにデレッとした顔になったデュランだが、女騎士から腹に一撃もらうと背を伸ばす。騎士が向き直ったので釣られてシュナまでピンと背を伸ばした。


「今日はね、お忍びで町散策よ! お忍びってわかる? 正体がバレないように行動するの。あなたが侯爵家の大事な預かり人ってことは……まあ、この面子を見ればわかる人にはすぐわかっちゃうでしょうけれど、大勢呼ぶとそれはそれで物々しいし。そうねえ……こちらを頼ってやってきた遠縁の子、って設定でいこうかしら?」


 リーデレットが語る言葉に神妙な顔でシュナが頷いていると、彼女はデュランの方に顔を向けた。


「俺が直接出るのはまずいと」

「あんた本人だってわかってるでしょ。困るのはトゥラの方よ。あたしの親戚……は、さすがに無理があるわね」

「君はミガ族だからな、目立ちすぎる」

(ミガ族?)


 疑問の目を向けると、リーデレットを腕を組みつつすぐに気がついて教えてくれた。


「あたし、ちょっと特殊な民族の生まれなの。細かい説明は省くけど、あたしたちは皆、金髪に緑の目、白い肌、整った容貌と、怪力を特徴として持っているわけ」


 なるほど、とシュナはすぐに理解した。

 黒髪黒目で見た目通り非力なトゥラ(と言っても本来のシュナは青い髪だが)がリーデレットの親戚ですと言われても大分説得力がないだろう。女騎士が華奢なのに剛力なのは、日頃の訓練の賜のみならず、何か彼女の生まれが関わっている事なのかもしれない。


「奥様にご縁のある方ということにしてみてはいかがでしょう? そうですね、王国の田舎の方からいらっしゃった、とか」


 そっと部屋の隅っこでいつも通り気配を殺して見守っていたメイドのコレットが、ピンと手を上げて言った。


「何なら私の従妹でも――」

「母さん預かりってことにしよう。あり得ない話じゃないし、ほとんど事実そのままだから変なボロも出ない。生まれとか育ちはまあ……うん、適当にごまかそう」

「そうね。それが一番いいかしら。国際色豊かな迷宮領ですもの、訳ありですって顔してても皆意地悪につついてきたりはしないわ。奥様が直接面倒を見たがったってのは、本人を見れば皆すぐにわかるでしょうし」


 たぶんコレットは最後のことを言い出すために提案の声を上げたのだが、さすがにそれは無理がある、もしくは身の程をわきまえろとでも言うように二人の騎士はそれぞれ声を上げた。


 しょんぼりうなだれたメイドがちょっとかわいそうだったので、気持ちだけありがとう! とシュナはぎゅっとコレットを抱きしめた。メイドは喜んでいたが、すぐにデュランの手がにゅっと伸びてきて引き剥がされてしまった。


「さて。それでは参りましょう」


 いよいよ外へ、という時になって、二つ手が差し伸べられた。シュナはどっちを取っていいのかわからず困惑する。


 本日のエスコート兼護衛兼、お目付役のデュランとリーデレットは顔を見合わせる。ニコッと二人とも笑った。笑っているはずなのに、何か怖かった。


「……リーデレット、こういう時は……ね?」

「ね、じゃないでしょ。あんた日頃からこの子の手を引きまくってるんだから、たまには他人に譲りなさいよ」

「いやいやいや……そこはほら、一番の責任者としての義務というか」


 見守っていたら長期化しそうなので、シュナは思い切ってえいやっと手を握った。


 リーデレットの方の手を。


「トゥラ……!?」


 露骨にショックを受けた顔をした竜騎士に、ふふんと女騎士は勝ち誇ったような顔を浮かべた。


「ほらやっぱり。たまには気分を換えたいのよ。ねー」

(そうよ! デュランのことは嫌いではないけれど、わたくしのことを少し構い過ぎなのよ!)


 うきうきした空気の女性陣の後ろを、悲壮な顔でついていくデュラン。


 その三人を、メイドや執事達が笑いをこらえながら、いってらっしゃーい、と手を振って見送ったのだった。




「トゥラ、今日は町の中心街の方に行くよ。人が多いから、リーデレットの手を絶対に離さないで」

「万が一迷子になったら、なるべくその場から動かないでね。もし危ないと思ったら逃げていいけど……そうね、念のためあげておいた方がいいかしら」


 口々に言い聞かせている竜騎士達に、シュナはうんうん頷きながらもきょろきょろ辺りを見回していた。



 確か、図書室で見た地図によれば、城は町全体では大まかに見て北東に位置している。

 迷宮の入り口は町全体で見ると北部。森の中にぽつんとあるのだ。城から出てすぐに、あちらが迷宮、君の倒れていたところ、とデュランが指差してくれて助かった。

 森の広がっている方! とシュナは肝に銘じる。そのまま迷宮観光にでも連れて行ってくれればなおのことよかったのだが、残念ながら今日彼らが向かうのは町の方だ。


 しかも町の中心に行くのには、行きは船を、帰りは馬車を利用するのだそうだ。


 それぞれ便利だし興味深いけれど、悲しいかな迷宮への道のりは一日にしてならず、やはり自分が迷宮に向かう場合はこっそり人の目をかいくぐりながら徒歩という選択しかなさそう……という現実に、ちょっと打ちひしがれたい気分になってくる。

 今日は町の中心、城から南へ向かうコースだから、城から迷宮への距離感がわからないのも不安だ。


 しかし、気になることは多々あれど手を引かれて船に乗ると、一時迷宮のことを完全に忘れそうになった。

 なんとも不思議な乗り心地だ! そして歩いていないのに進んでいく。というか流されていく。地上とは異なる揺れ方に、シュナは最初はしゃいでいたが、ちょっと酔った。心配そうに監督していた騎士二人が、それ見たことかと言いたげに揺れにくい場所に連れて行って、空気を手で送っている。

 仕方ないのでシュナは回復するまで大人しく座り、ぼーっとしたまま頭をちょっと動かし始めた。


 城から南、川を下って行けば町の中心へとたどり着く。

 一番人が多く、賑わっているのがここだ。確か町の中心には庶民が利用するための主要施設がまとまっている区画が存在し、その外側をぐるりと取り囲むように居住区がある。さらに南に行くと、果ては港にたどり着く。迷宮領の南には海が、そしてその向こうにはギルディア領が広がっている。


 東西で町を見てみれば、西の大きな門のすぐ近くには、小さめではあるがしっかりした作りの貴族用の館が存在する。王国から人間がやってくるとここに滞在するのだ。西に寄れば寄る程、建築物もより王国じみてくるのだとか。


 東にはそれに対抗するかのように、星の神アルストラファルタを主神とする神殿が存在している。信仰するのはラグマ法国の人間だ。迷宮領、及び王国の人間なら迷宮の女神に祈りを捧げる。

 先日やってきたユディス=レフォリア=カルディなどはおそらくこの区画で過ごすことが多いのだろう。


 一方、ギルディア出身の者達は港地区にたむろしていることが多い。港の方は場所によっては危ない所もあるので、一人でフラフラするのはおすすめしない、だそうだ。


 要するに、大まかに見て町の外に広がっている三国の棲み分けが、迷宮領でも見事にそのまま反映されている。


 南にギルディア。西に王国。東に法国。北は迷宮。

 それが迷宮領という場所。小さくて大きな人の世界。


 シュナが町の地図を開いているのを見て色々解説してくれたのはお喋りなメイドだ。情報源が情報源なので真偽の程は必ずしも正確ではないが、地図を見て困っていた身にとってはたとえ大いに主観や偏見が混じっていても教えてもらえるのがありがたい。


 もしかすると、彼女の方からリーデレットに何か言ってくれて、今日があるのかもしれない。そんなことをふと思いつく。


「トゥラ、そろそろ着くけど大丈夫?」


 デュランが何度目になるかわからない声をかけてきた。今までと違うのは、到着する、という点である。


 大人しくしていたら少しは気持ち悪さも失せてきた。せっかくの船なのに川の周りの様子が見きれなかったのは残念だが、また今度の機会はやってくるだろうか。


 二人の騎士達に励まされながら地面に帰ってくるとほっとしたが、しばらくの間は足下がゆらゆら揺れている錯覚を受け続けそうなのだった。


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