竜騎士 絡まれる
全身に疲労をまといながら迷宮を這い出てきたデュランは、森の中を歩いてすぐ違和感に気がつく。
夜の闇の中に目を細め、動くものに向かって目を凝らし――正体を知ると途端にその場から立ち去ろうとした。
が、相手がこちらに気がついてしまった方が早い。ピンと灰色の耳を立て、にいっと口元をゆがめた。夜の闇の中で金目は目立ってよく光る。
「やっほー、デュランちゃーん。奇遇じゃーん、調子どう? 元気ー?」
舌打ちしたい気持ちを精一杯堪えつつ、たった今気がつきましたという体で竜騎士は振り返った。
「……ワズーリか」
「待ってよもー、置いていこうとすることないじゃないか、いっけずーう」
相も変わらず上半身が涼しそうなギルディアの亜人、ザシャは尻尾を振り振り倒木を軽やかに飛び越えてくる。
デュランはあらゆる意味でなるべく関わりたくないのだが、向こうはこちらに絡む気満々らしい。
「別に、特に悪くはないが」
毎回素っ気なく冷淡に対応しているのに全く懲りる様子がないどころか、むしろ積極的にまとわりついてくるのだから本当に始末に負えない。ザシャはニコニコしたまま、歩き出したデュランの横を自然と陣取る。
「そう? で、迷宮行って竜とお話ししてきたわけ?」
「まあ……な」
「へー。いいなー。なんか今、入り口にたくさんいるらしーじゃん? だけど俺が行く時はいっつも誰もいなくてさあ。皆どこ隠れてるんだろーねぇ」
白々しい、とデュランは冷たい目で亜人を見た。
ザシャは竜に嫌われている。前に殺したことがあるせいだ。
ただ殺したのみなら、多少の反感は買うし探索の協力を拒否されることも増えはするが、ここまで徹底して避けられることはない。迷宮内部でも弱肉強食と生命の循環は存在するし、竜達もそれは心得ている。
場合によっては、竜を倒した者を優れていると評価することさえある。
けれどザシャの行為はあまりに常軌を逸しており、そして彼らを徹底して冒涜した。
竜を解体し、解剖し、身体のあらゆるパーツを切り開いて並べて――それを弔うなり、あるいは戦利品や素材・資源として持って返ってくるのならまだしも、迷宮の中にバラバラに撒いて帰ってきたのだ。
一体だけでなく、何体も。
後から惨状を発見して問い詰めた人間に、当時少年だった彼はきょとんとした様子で答えた。
――だってつまらなかったから、ちょっとでも面白くなるといいなって。別にいいでしょ? あいつら、人間じゃないし、迷宮内部で死んだら迷宮に還るんだからさ?
返り血であろう
それ以来、ザシャの前に竜は現れない。下手をすれば冒険者全体に敵意が向いていた可能性だって考えられたのだから、当時侯爵が胃痛で唸っていた姿をよくデュランは覚えている。
ザシャに対してデュランが嫌悪感や苦手意識を覚えるようになったのも、この事件がきっかけだ。竜好きからすれば許しがたい。何なら決闘すら一瞬考えたが、そこは責任ある侯爵子息の身分、加えてザシャが既にその時点で二つの宝器を有していたこと、周囲からの説得もあり、最終的に泣く泣く自重することになった。
……そういえばもう少し思い返してみると、ちょうどアグアリクスに乗せてもらったのはザシャのことがあってから少し後、そのさらにもう少し後に、デュランは鎧を見つけたのだったか。
今こうして振り返ってみると、アグアリクスはザシャの件を受けて、他の竜騎士達の様子を見に来ていたのではなかろうか。よかった、自分まで嫌われなくて、と心の底から思う。まあ結局、最終的に鎧の呪いのせいで近寄ってもらえなくなったから、彼の切なさは加速する一方だったのだが。
しかし亜人に目を向けていると、いつもはデュランの顔に、じいっと粘り着くような目を向けている亜人が、今日は歩きながら森の中にキョロキョロと視線を彷徨わせる。いつもと少し様子が違う。あまり気乗りはしないが、つい気になってデュランから声をかけた。
「何か探していたのか?」
「んー? まーね。お宝が落ちてないかなってちょっと思ったけど、そこまでうまい話はなかったよ」
へらり、とザシャは笑った。
なんとなく嫌な予感がして眉をひそめるデュランに、またあちらの方から声を上げる。
「それで、シュナちゃんとは会えた?」
「……気安く呼ぶな」
「ふーん。会えなかったんだねえ、ごしゅーしょーさま」
ぞわっ、と肌が粟立った。
……この男の何が一番恐ろしいかと言えば、他人の心の機微に共感はしないのに、理解だけは人一倍優れている所である。
まるで光る目に全て見透かされているような薄ら寒さには、何度接しても慣れないし慣れたくもない。こっそり腕をさすっていると、再びザシャは口笛を吹いてから話題を振ってくる。
「じゃ、行き倒れちゃんの方は元気? ほら、あの小っちゃいあんよお姫様。今日起きたんでしょ? 記憶喪失で呪い持ちなんてかわいそーに。トゥラちゃんって名前つけたんだっけ? いつお披露目するの? 早くパーティー連れてきてよ、ダンスの練習しておくからさ」
「彼女は見世物じゃないぞ」
自分が思った以上に低い声が出た。
半分は純粋に不愉快になったこと。
もう半分は、この短時間の間にどこから情報を聞き出してきたのかという驚きを押し殺そうとした結果のせいでもあるだろうか。
あえて目を合わさず、まっすぐ前を見つめて歩調を速めるデュランの横で、ザシャは流し目を送りながら尻尾を揺らした。
「ま、僕なんかは別にどっちでもいいけど。ホンゴクの皆さんが黙っててくれるのかなぁ? 得体の知れない素性――おまけに年頃の女の子! なんでよりによってこの時期にって思ってる人、多そうだよね。サフィーリアなんか特に気が気じゃないだろうなあ。それに呪い持ちなら法国の呪術師様に一度は会わせなきゃ。ああ、大変大変。忙しいねえ、竜騎士様。面倒の元なんだから救貧院に投げちゃえばよかったのに、僕だって縁ある人なんだからいっぱい面倒見るよ?」
「黙れ」
――挑発だと。あえて相手の気分を逆撫でて、それで相手が感情に波を立たせる様を観察して楽しんでいるのだと。わかっていても、全力で自制しようとしても、どうしても頭に血が上っていく。
しかしザシャの巧妙なところは、本当に喧嘩が始まりそうになるとすっと引くところだ。今もデュランの唸るような声が聞こえた瞬間、愉悦の表情を浮かべたものの、首をすくめて一度言葉を切った。
「ところでさあ。気になってることがあるんだけど。彼女、黒い髪に黒い目で顔に痣があるんでしょ? 厄災の王子様と同じ特徴だねえ。あんなの変なおとぎ話だけどさ」
ちょうど森が切れて町に入るタイミング、何気なくザシャが呟いた言葉に、思わずデュランは立ち止まって振り返った。
ザシャの方は歩みを止めず、そのまま進んでいって、くるりと一回転するようにステップを踏んだ。
「――ま、どうでもいいけど。じゃーね、デュランちゃん。シュナちゃんによろぴく。それと、そのうちトゥラちゃんとデートしたいからさ、今度セッティングしといてよ。あはははは!」
大きく手を振り、どこまでが冗談でどこからが本気なのかわからないお喋りを一方的に終わらせると、亜人は闇の中に立ち去った。
(……デート? ふざけんな! 俺だってまだなんだぞ、誰が……)
デュランは顔をしかめたが、嫌いな相手との道行きを我慢した成果が一つだけあった。
――そうさな、伝承でも漁ってみるとよいのではないか?
つい先ほどのアグアリクスの言葉に加え、今のザシャの言葉で思い当たったこと。
今日はさすがにもう遅いが、明日から回らなければいけないところ、話さなければいけない相手を頭の中にリストアップし、予定を組み始める。
(……当分休みは来ないな)
ただでさえ重たい身体にさらに重力を感じた気がするが、相棒や拾ってきた娘のためと思うと、何故か不思議と力が湧いてくるような気持ちになるのだった。
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