竜騎士 飲みに誘う 中編

 迷宮領の中心区画は、世界の中心、混沌の坩堝るつぼと呼ばれる迷宮領を体現している場所だった。


 迷宮によって成り立っているこの町の中心には、冒険者達が欠かせない。


 王国なら身分。

 法国なら階級。

 ギルディア領なら部族。


 国という単位ではどうしても、どこで生まれたのかが何者であるのかに直結する。


 しかし迷宮領で一度冒険者となったからには、国際的に指名手配をされるほどの悪事を成したのでもない限り、過去は重視されない。

 大事なのは今何者であるか、そして未来に何者であろうとするのか、ということ。


 加えて迷宮領は個人の信条をさほど縛らない。

 迷宮の女神は時に容赦のない姿を見せるが、特に自分への信仰という点については概ね寛容だ。あるいは無関心とも言い換えられる。


 星神教では異教徒はもれなく死後地獄に落ちるとされているが、女神は自分を信仰せずともペナルティは与えない。


 ただ、迷宮で死んだ者はすべて迷宮に還る。

 その事実があるのみ。


 これらの事情が重なれば、自然と集まってくるのは故郷では満足できない者、あるいは故郷を飛び出さざるを得ない事情を抱えた者、ということになってくる。


 身分の差に探求欲を阻まれた学者。

 重用を朋輩に疎まれた神官。

 部族間の争いという狭い世界には到底収まらなかった冒険者。


 全て全て、慈悲深く残酷なる女神の膝下では等しくただ罪なき罪の民。


 ものは

 常識が非常識に、非常識が常識にひっくり返る。


 神なき世界の、最後の神の座する場所――。



 さて時は夜、所は迷宮領中心街。

 空から光が消え去ってもなお明るい繁華街の一画では、年若い騎士達が肩を組み、居酒屋を探して歩いていた。


「いやー、若様が奢ってくれるなんてー! これもオレの日頃の行いがいいおかげだなあー、マジ超サイコー!」

「……悪運が強いだけだろう」

「まったまたー、バルドちゃんったらいっけずう~! そんなつれないとー、奥さんにも甲斐性なしって思われちゃうぞー?」

「貴様、人が今一番気にしている所を……!」

「まあまあいーじゃん、毎日亭主が家にいること心配して飲みに叩き出すとかすげーできた人だと思うよ? いやマジでマジで」

「そっすね、ゲレイド卿は先輩と違ってできた方ですから奥様も素敵な人っすよね!」

「クルト君。君、オレにだけ辛辣じゃない? というか先輩として敬ってなくない?」

「気のせいっす!!」


 派手なピアスや明るい金髪、いかにも軽薄男のお手本と言った風貌の騎士は、ヘラヘラと笑いながら横の騎士に絡んでいる。

 いかにもな渋面を隠そうともしない騎士を、更にその横、メンバーの最年少にあたる十八歳の後輩騎士がフォローした。

 どこへ行ってもパシリ気質が抜けない彼にしては、やけにチャラ男に対して強気な態度である。


 数歩後ろでやりとりの様子を見ていたリーデレットが、横で何とも言えない顔になっているデュランを小突いて耳打ちする。


「ちょっと、デュラン。クルトとバルドはわかるとして、なんでペイテアまで……」

「……成り行き? ちなみにバルドはペイテアが引っ張ってきたんだよ。なんでもほら、今トゥラの護衛についてるからその分彼女がいないと家番してるらしくて……」

「あそこ確か、子供生まれたばっかじゃなかった? 夫が家にいてくれたら心強いんじゃないの?」

「こんなに家にいてあなた本当にお給料貰えているの、ちゃんとその分働いてきなさい! ……って叩き出されて途方に暮れていたところをペイテアに捕まった。らしい」

「そう……あれ? あの人の奥さんって小柄で可愛いお嬢さんだったはずよね?」

「人は見かけによらない生き物だって君もよく知ってるだろう?」

「は?」


 一瞬間があった。

 じっと注がれる幼馴染みの目に何か感じ取ったリーデレットがべしっと赤毛の横面を(手加減して)はたく。彼は甘んじて受け入れた。あるいは抵抗を諦めているようにも見える。


「……痕つけるのは物議を醸すからやめてね」

「心得てるわよ。それはそれで面白いけど、幼馴染みの情けだもの、最悪ポーションぶち込んであげる」

「ぶち込むって何? もっと穏便に行こうよ?」


 叩かれた頬をさすりながら小さく抗議するデュランだが、リーデレットは聞いているのかいないのか微妙な態度だ。

 彼女の関心は、相変わらず前を行く三騎士の、特にチャラ男に向きがちらしい。


「ペイテアは冒険者騎士だものね。あたしが外している間に、受付でばったりしてそのままくっついてこられたってこと? 引っぺがしなさいよ、それでも次代侯爵なの」

「関係なくない!?」

「だってあんただって知ってるでしょ。あいつ二股男よ。二股どころか五股ぐらいしてるわよ。何なら刺された事だってあるでしょ。それも一度なんて優しいものじゃないわ。でもまったく懲りてないでしょ。そんな男を飲みの席なんか来させたらそっちの話題ばっかになるわよ。そりゃね、あんたもチャラくていっぱい遊んでるって意味では同類だけど、でも領主子息の分別があるでしょ? 避妊はするでしょ? 一度に付き合う相手は一人でしょ? そこはちゃんとしてるでしょ? あいつは違うわよ。庶民の意地汚さをふんだんに出してるわよ。本当に節操ないわよ」

「お、おう……そうなんだ……?」


 いつにないリーデレットの殺意籠もる口調に、(これは本人が直接どうこうというより、同類の女の子達から相談でも持ちかけられたのかな……?)となんとなく彼女の事情を察する。


「わっかさまー! ここにしましょう、ここ!」


 ようやく前を行くでこぼこ三人組が店を決めたらしいのに手を振って応じてから、デュランはリーデレットに振り返る。


「まあ、正直俺も普段ならあんま話したくないタイプではあるんだけど。今日はその……見識を広めた方がいいかなって気持ちっていうか……」

「はいはい。まあいいわ、あんた主催なんだもの、あんたが必要なら仕方ない」


 ジト目ではありつつも、ただ圧され負けた訳ではなく一応こちらにも需要があっての人選と悟ると、リーデレットはあっさりと引いた。

 目を丸くしたデュランは、置いて行かれそうになって慌てて後を追う。


「そ、その……迷惑かけないまでは無理かもだけど、近づかせないようにはするから……!」

「大丈夫でしょ。あいつ、アプローチする女は選ぶもの。そこがまたいやらしいのよね、だから刺されてもギリギリ重傷程度でなんとかなるのだわ……」


 女騎士は深いため息を零し、店の扉のベルを高らかに響かせた。





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