竜騎士 飲みに誘う 後編
冒険者は身一つで常識外れの迷宮に潜り、そこでの戦闘や探索を生業とする者達だ。
多少荒っぽさが出てくるのは、ある種自然のことと言えよう。
すると彼らを主要な客としている酒場もまた、活気に溢れた場になる。
元気が過ぎて、上品で戦慣れしていない王国、あるいは規律を重視する法国の人間であれば眉を顰めたくなってくるやもしれない……そんな雰囲気を漂わせている。
迷宮領の騎士達は、王城に座するファフニルカ侯爵家に仕えている。
城に出入りし、民の規範となるべしとされている以上、行儀作法などは一定水準以上になるようにビシバシ指導されており、傭兵崩れの冒険者とはやはり雰囲気が異なる。退廃的な傾向の強いギルディア領の亜人達を取り締まることもしばしばだ。
が、侯爵家自体さほど由緒のある家でもなし、仕える者達もその分少々気楽な雰囲気が流れていて、プライベートともなればわりあい自由に過ごしている。
要するに、街に繰り出した五人の騎士達もまた、晩餐を存分に謳歌していた。
「食え食え、今日は若様の奢りだぞー、たかれー!」
「いや、今日は酒はいいです……」
「酒豪が何言ってんだ、嫁公認で来てるんだろ? たまには羽目外しとけって、な?」
「すごいっす! 俺、先輩のそういうドクズなところ、尊敬はしないけど本当先輩は先輩だなっていつも思ってるっす! 尊敬はしないけど!」
「あっはっは、クルト君、ねえやっぱり君、オレにはちょっと態度が違うよなあ!?」
「注文お願いしまーす!」
王城の騎士バルド(既婚者)。
巡回の騎士クルト(童貞)。
冒険者騎士ペイテア(浮気常習犯)。
年も所属も恋愛経験や価値観も異なる三人の竜騎士達だが、物静かなバルド以外は他人との交流に積極的な性格をしているためか、さほど交流は多くないだろうが早速打ち解けた様子、店を決めるなりわいわい互いにやり出した。
迷宮名物、魔物の際物料理シリーズに手を出そうとしている様子を「最初ぐらいちゃんとしたものを食べさせてくれないかしら!?」とリーデレットが一喝すれば、反省したらしいクルトとペイテアが手慣れた様子で酒を用意した後、サラダ、魚、肉、粉物など無難なメニューを選んでいる。
乾杯が終わると、やいのやいのやり始めた三人から多少席が離れているのをいいことに、デュランはそっとリーデレットを小突いた。
「ところでさ、リーデレット」
「何よ」
「これはその……もしもの話なんだけどね? もしも、ではあるんだけど……」
「一息に言ってくれる。もったいぶられると怖いから」
女騎士の目はデュランではなく、うるさい二人に挟まれて明日の胃痛が心配されるバルドに向いていた。デュランとて常ならば目を離さず、何かあればフォローを入れるところなのだが、今日はちょっと自分の事で忙しい。
ぐっとジョッキを一杯煽り、アルコールで喉を潤してから、早速本題に入った。
「仮にもし。ネドヴィクスが人間の男になったら……君は……その……」
「何。ネドが人間になったら? 早くして」
「……付き合ったりとか、すると思う?」
それまであまりこちらに関心のなさそうだったリーデレットの動きがピタリと止まった。たっぷり十秒程度固まってから、ゆっくりデュランに振り向く。
「ごめん。今、なんて?」
「ネドヴィクスが人間だったら、君は彼を彼氏にするか?」
「何それ。酔うの早くない? 正気?」
「結構真面目な質問なんですけれども」
リーデレットの訝しげかつ不審そうな目も当然ではある。
ペット。家畜。あるいは愛馬といった、それらともまた異なる生活を共にする異種。
人でないものをあるいは人以上に扱うこともまた人の道理だが、一方で彼らを本気で恋愛対象にするのは明らかに人の道を外れる行為と言えよう。
確かに竜は他の動物と決定的に異なる事がある――会話ができる、それは時として人に異種ならざる感情を起こす理由となるかもしれない。
それでも基本的には彼らは異種、あまりにも人と異なる生態は恋愛対象とするにはいささか遠い。何より迷宮の番人かつ女神の信徒様でもある。
ざっくり言えば、そんな風に想うのは不敬とすら言えよう。
逆鱗を交わすというような特殊な関係性においてさえ、本物の恋人のように振る舞う人間が現れたら周囲から控えめにドン引きされるし、竜の側からも窘められるだろう。
なのでリーデレットの反応も冷淡そのものである。
が、なんだかんだ付き合いのいい女騎士は、幼馴染みの真剣な顔に、一応「アホ」の一蹴で終わらせることなく真面目に回答を考えてくれるようだった。
ぐびぐびっと喉を鳴らしてジョッキを空にした女騎士に、素早くデュランが継ぎ足し、そして自分の分も確保した。
基本的には接待の場の通常ルールに従って相手に給仕を任せるデュランだが、この幼馴染みだけは互いの暗黙の了解で手酌と決めている。
簡単な話だ。不器用な女騎士の注ぐ酒は不味い。そして八割分量を間違える。ローカルルールとは余計な諍いを起こさないために存在する。
ともあれ、二杯目で唇を潤しながら、女騎士は「んー」と考えながら口を開く。
「駄目ね。まずネドが人間になるってのが、全く結びつかない。ネドはネドだもの」
「そこをなんとか、想像で!」
「ええ……? ううん。でもやっぱり、恋愛対象としては見ないような気がするわ」
「君がネドを?」
竜騎士が尋ねると、女騎士は鼻を鳴らした。ジョッキを一度テーブルに戻し、胸元で揺れるピンク色の笛を弄びながら彼女は答える。
「あたし以上にあっちに脈がないでしょ? 仮に――仮に、もし、万が一。ネドが人間になったとするわ。案外かっこよかったとするわ。でもあの子、そういうの興味ないと思うの」
「あー……」
「いえ、興味はむしろ人一倍あるかもしれない。若干むっつりの傾向あるし。でもこう……なんかこう。一歩引いて見ているというか。当事者にはならないっていうか」
「わかる。中立と観察の竜だからな。そういうところあるよな」
「何より……逐一記録とるじゃない。無言かつ無断で、映像やら音声やら画像やら、色々残してるじゃない!」
「ああ! あー……」
相づちを打っていたデュランはつい、深い納得の声を上げてしまう。するとリーデレットの弁にもますます熱が籠もった。
「あたし、嫌よ? 本人も忘れきってる黒歴史の数々を、無表情のままそこはかとなく目を輝かせながら、時系列順に丁寧なプレゼンをしてくる男に、まともな恋ができると思う!? そんな高度な性癖は開発されていないし、金輪際芽生える予定もないから。あってたまるか!」
「そう……だよな、そりゃそうだよな……!」
「あいつはいい相棒だし気が利くし、助けてもらったことだって数え切れない。それはそれとして、じゃあお付き合いしたいかって言うと……違うでしょ。間違ってキスなんかしたら、その後死ぬまで――下手すると死んだ後まで語られるわ」
だん! とジョッキを勢いよくテーブルに置くと、男達の視線が集まる。
が、女騎士がどことなく剣呑かつ重ための空気を、横の竜騎士がしんみりした表情をしているのを見ると、
「やっぱ牛肉はいいっすね!」
「おいこらクルト、生意気だぞ!」
などと眼前の肉に集中することにしたらしい。寡黙な既婚者はもとより、せっせと料理をつつくことに勤しんでいる。
ぐび、ぐび、と酒をまた胃に流し込んだ幼馴染みの騎士達は、再びデュランが双方のジョッキにお代わりを足している。
「リーデレット、でもさ――」
「仮にもしネドが記録を取らない奴でも、やっぱり恋って方向では考えにくいわよ? だって、そういうのじゃないじゃない。そりゃ独占欲みたいのはあるけど……どっちかというと、友達? 家族? なんかこう……違うのよ」
「そう……そっかあ……」
注いだ直後、何か思いついたように口火を切ったデュランに、先を見越したリーデレットがばっさりと返した。
露骨にしゅんとした竜騎士に、リーデレットは流し目を向ける。
「というか、なんでそんなこと急に言い出したのよ。あんた、まさかとは思うけど……シュナと結婚する! なんて言い出さないでしょうね。十年前とかならともかく、今この年で」
「いやあ……さすがにそれはね……? ただ……」
「ただ……?」
「他の女の子に鼻の下を伸ばすデュランなんか嫌い! って……」
再び沈黙になった。リーデレットは真顔から困惑に、それから驚愕に表情を変えていく。
「……はい? え、何が? ん? ちょっ……まさかとは思うけど、は? シュナちゃんが、あんたに?」
「しかもその後、トゥラにしたこと知ってるんだから! あなた結局、わたくしとトゥラ、どっちが大事なの! って。言われちゃって……」
いよいよ相談内容が確信に迫ってきたのだが、別の問題が浮上したことに竜騎士は一歩気がつくのが遅かった。
話題に出てきた人物の名前に、途端にすっと女騎士の目が据わる。
「待って。ちょっと女騎士として聞き捨てならないことがあった気がするし、場合によっては幼馴染みを返上しなければいけない嫌な予感がしてきたのだけれど、どうする? 今から罪を数える?」
「落ち着いて、リーデレット。まず幼馴染みは返上するものじゃない。それに誤解だ。何もして――なくはないけど、まだセーフの方だと思う。トゥラの件は、今ならまだ引き返せる所で踏みとどまっている……はず」
「知ってる、デュラン。あたし、逆鱗の竜騎士だから、それなりに優遇されているのね。ここに侯爵閣下直通で緊急に連絡を入れるようの無線が」
「やめろよ慈悲の心はないのか! 現実ではまだ決定的に手を出したわけじゃない!」
「逆にそれ現実じゃないところで心当たりがあるし、現実でも予定があるって風に聞こえるけど、ねえ何あたしは今自白を受けているの、一体何なのそれは!?」
はっ、しまった! デュランはそんな顔をした。そしてさっと目をそらした。
あれ、確かに今まで人生で数度幻滅はしてきたけど、この方向の駄目男ではなかったはずなのに……!? と悪寒に身を震わせつつ、幼馴染みの慈悲でリーデレットは震えつつ声を絞り出す。
「いいわ。とりあえず聞いてあげる。その後のリアクションは保証しないけど、言いたいなら言いなさいよ。もうここまで来たら全部聞かないのも気持ち悪いじゃない。さあ吐け。何をした」
「……キスしてちょっと触ったけどそこで邪魔が入って中断――なんでだよ、潔白じゃないにしろ未遂ではあるだろ!」
「そういう男に育てた覚えはないわ!」
「育てられた覚えもないよ!」
「いいえ、これは幼馴染みとしての責務。カウントダウンはしてあげるから歯を食いしばって待ちなさい。十。五。三――」
「おいふざけんなせめて真面目にカウントしろ――」
さすが逆鱗の竜騎士の動きは洗練されていた。
目にも止まらず、また食卓に埃は立てたが料理や杯に損害も出さず、的確に男の鳩尾だけをうがつ一撃。
デュランが声にならない音を漏らし、無言で腹を押さえた。
そこにすっと、リーデレットが懐から常備している小瓶を取り出した。
「はい、ポーション。殺意は芽生えてるけど殺すつもりまではないから」
「おま――腹は、やめろよ――!」
「顔とどっちか迷って優しい方にしたの」
「優しさって、なんだろうな――!」
有能(?)な竜騎士は吐き出す事もなく、また鎧で己を守るような卑怯にも逃げず、甘んじて制裁を受けた上でありがたく回復した。
ついでに酒気も若干治ってしまった彼がせっせと手酌を重ねていると、さすがの騒動にもの問いたげな視線が集まってくる。都合がいいとばかりに、デュランは向かいの席にいた浮気男にすっと目を細めた。
「そう、ペイテア。だから俺は、今日お前に奢ってもいいかなって考えたんだ」
「え? あの、若様、何の話でしょう?」
「
「あんた本当に今日どうしたの!? それともあたし、殴りすぎた!?」
背後でリーデレットが絶叫し、既婚者と童貞は絶句した。
しかし周囲の阿鼻叫喚は二の次三の次、竜騎士の悩みはあくまで深刻かつ真剣だった。
真っ直ぐにクズ呼ばわりされつつ教授を求められたペイテアは、ごくり、と喉を鳴らす。それからすぐ、おもむろににやりと人の悪い笑みを浮かべて見せた。
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