姫 待機所に行く 後編

 痴態を見られ最初は落ち込んでいたリーデレットだったが、比較的すぐに立ち直……ってはいないのだが、平常心を保つことはできるようになったらしい。ネドヴィクスにまたがり、冒険を開始する。


 相棒が病み上がりのためか、この前のデュラン同様大地の間を軽く見て帰るつもりのようだった。シュナ達がくっついていくと、砂の間からの移動時に軽い頭痛が起こる。


 現れたのは無機質な岩壁の光景ではなく、広大な間とそびえ立つ無数の木々――大木の間だ。シュナが目を白黒させていると、ここ最近のお目付役が悠然と隣を飛びながらのんびり言う。


《ねじれたねえ。最近はあまりなかったから、ちょっと久しぶり》

《違う所に来てしまったけど……》

《火や水ならマップ特性上準備してないと微妙なところだけど、木なら逆鱗の竜騎士だし、そんなに支障ないんじゃない? 元々第三エリア同士だもの、第五エリアにいきなり落とされるとかじゃないから全然マシさ》


 ベテラン竜の言う通り、先を行くリーデレットも予定外の場所につながって一瞬驚いたような顔になったが、逆に言えばそれだけだった。すぐに体勢を立て直し、このまま森の間に向かう、とシュナ達に軽く報告してくる。


《第五エリアの先ってどんな場所?》

《第五は通称闘技の間。構造が簡単で探索をほとんどする必要がない代わりに魔物がわんさか湧いてくるし、遭遇した魔物の数が一定数以上にならないと次のエリアに進めない。第六は暗闇の間。まあ基本構成自体は大地の間と大差ないけど、もちろん敵や罠の脅威度は上がってるし、シンプルに光源がなくなるからね。結構怖いと思うよ。それを超えたら第七。これは固有マップっていうか、降りてきた人間によって性質を変えるんだけど……まあ基本は今までの総集編。迷える道を幾多の危険を超えて進み、それが終われば女神にお目通りかなう》

《お母様の所までいらっしゃった人間っているの?》

《いるよ。ちらほらと。……まあ、ファリオンが来てからは誰もたどり着けてないけどね。シュリは心を閉ざしてしまったから》


 リーデレットとネドヴィクスが難なく森の間までたどり着き、魔物を狩ったり素材を集めたりしているのを見守りながら、シュナはまたエゼレクスに質問を浴びせている。

 彼女の武器は大きな弓だ。あれもご多分に漏れず宝器の一つらしい。接近戦となれば別の武器を使うようだが、ネドヴィクスの背から撃ち落とすのが基本の戦闘スタイルらしい。


 正確な射撃の腕にシュナが歓声を上げると、ピンクの竜の上で彼女は笑って手を振ってくる。しかしふん、と鼻を鳴らしてエゼレクスが耳打ちするには、


《あいつ、ノーコンまでは行かないが結構本来投擲技は下手くそなんだぜ? 雑な性格してるからね。ネドが補正かけてるんだよ。だからすごいのはネド》


 ……とのことらしい。

 しかし、適材適所というか、ネドヴィクスは支援系の竜だという話だったと思うし、主体的に動けるリーデレットを影ながらサポートする……そういう関係性も素敵で、何よりあの互いに何を言わずとも通じ合っているような姿が大層好ましく羨ましいのだ。と、シュナは思ったりもする。


《……あのね、エゼレクス》


 少し遠くで、一度休憩する、と森の中に降り立ち、鍋を出してきて何やらかき混ぜているリーデレットを見つめながら、シュナはそっと緑の竜に話しかけてみる。


《何》

《わたくしも、そろそろお外に行ってみたいなー、なんて……》


 途端にわかりやすく渋面を作る緑の竜だったが、ある程度シュナがそう言い出すことを予想していた雰囲気もあった。


 一応、といった感じで彼は爽やかに口を開く。


《別にずっと迷宮にいてもいいんじゃよ?》

《トゥラが大丈夫な姿を見せたいの。リーデレット様だって気にしていたみたいだし――》

《あの人が一番気にしてるのはネドのことだけどね》

《それは仕方ないわ、逆鱗だもの》


 女騎士は今も自分の食事の合間(鍋から碗ではなく直接おたまのようなもので食べている。豪快だ)にネドヴィクスに竜砂糖カラメルを与えて喜んでいる。一応時々はシュナとエゼレクスにも声をかけてくれるし、デュランや彼に絡んだ地上の話題を出していたのも今シュナが言った通りだ。


 ふん、とエゼレクスは鼻を鳴らす。


《触発されたとか?》

《……そうなのかも?》

《たぶん、待ってれば奴、すぐに会いに来るよ?》

《わたくしから会いに行っては駄目なの?》


 重たく大きなため息を吐き出したエゼレクスは、座り込んでいた姿勢から立ち上がって羽を広げるとネドヴィクスに向かって呼びかける。


《ネド! 僕らは野暮用できたんだけど、ついててなくて大丈夫か!》

《無問題》


 相変わらずピンクの竜の答えは簡潔だ。引率係に促され、シュナも立ち上がる。


《あら、シュナ。行ってしまうの?》

《リーデレット様……なんだか二人の邪魔をするのも悪いもの》


 シュナがニコニコ言うと、女騎士は若干ばつが悪そうな表情になり、「暇させちゃったかしら。デュランなら同行者まで気を配れるんでしょうけど、あたしもまだまだだな……」なんて頬を軽く掻いている。


《そんなことはないわ。見ていて楽しかったもの。また一緒に冒険させてね》

《いいわ、もちろん。今度はデュランも連れてきましょ》


 彼女は嬉しそうに笑い、相棒にコツンと頭を預けていた。



 二人に別れを告げ、森の間を後にしたエゼレクスはどこに向かうのかと思えば、案外また迷宮の入り口の所に戻ってきた。


 翼を折りたたんだベテラン竜は、すっかり危なげない飛び方ができるようになってきた新人が不思議そうに辺りを見回すと、


《なんだかんだここは安全圏の一つだからね。シュリの襲撃を心配する必要がない》


 と彼はまたシュナの疑問を読み取り、先んじて答えてくる。

 ……そういえば気にしないといけないところだった、一つのことに注意するとすぐ他のことがおざなりになっていけない、と反省していたシュナだったが、緑の竜がおもむろに重々しく口を開くと慌ててピンと姿勢を伸ばした。

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