虜囚 思い出す

「不可能なわけではないですが、あなたの想定している蘇生とは遺体の損傷が激しくとも寸分違わず肉体を戻し、記憶の欠落もなく精神と人格が安定した状態に戻すことでしょう? それはもはや禁術の類いです」

「でもあんたならそれも可能だし、腕や足の一本二本もげてても大差ないでしょ?」


 神官と亜人とは、あまり仲が良さそうな雰囲気にはとても見えずとも、絶えず言葉を交わしていた。


「貴方といううつけは、全く……そもそも勝手にここに入っていいと誰が言いましたか」

「傷つけちゃ駄目は聞いてたけど、快楽落ち禁止ってのは聞いてなかったので、痛いことしなければいいんだなって曲解してましたー♡ ……いいじゃん、見張りのついでだよ、ついで。誰もいない方が不用心じゃない?」

「頼んでません」

「まあまあ。いっくら術に自信があるからって、一人の弟子も頼らないのは、やっぱちょっと問題あるとおもーよ? いるじゃん有望なの。あの優等生のクソガキとか」


 亜人は基本的にふざけた調子で喋っているが、時折終始向けられている神官目線以上に鋭く冷ややかな言葉を放つ。ユディスはそれを、眉一つ動かさず黙殺した。


 少なくともこの二人は、今日会ったばかりの赤の他人というわけではなさそうだ。

 同じ迷宮領で過ごしているのだし、ザシャは元々冒険者、そしてユディスも冒険者達を手伝って迷宮に行っていたらしい所を目撃した事がある。

 だから知り合いであること自体には驚かない。


 問題となるのは、その二人が協力してこうしてシュナを困った目に遭わせているらしいことだった。


(だって、カルディはとても真面目そうな人で……前に別の冒険者からトゥラを助けてくれた事だってあって……それなのにどうして、こんな人と……!)


 混乱する娘を指差して、亜人は頭を抱えている女にまた絡み始めた。


「ま、別に何人関わろうが僕にとっちゃどうでもいいけど。ところでさあ。これ、肉体の保護の術の悪用だよね?」


 亜人が壁から身体を起こし、シュナに向かって手を伸ばそうとすると、途中でバチリと音を立てて光が爆ぜる。


 どうやら柱にくくりつけられているシュナの周りに不可視の壁があって、そこから近づこうとすると外部からの侵入が拒まれるらしかった。


「悪用ではなく応用ですが、何か」

「強すぎる保護の呪文は拘束となる。でもまあ本質的にはただ外部からの危害を防いでるだけってわけだ。つまり? 控えめに言って、ただの僕対策だよね? これどう考えてもピンポイントに僕に対する嫌がらせでしかなくない? 健気に暗躍してた実行係に対するこの仕打ち、ちょっと酷いと思いまーす」

わたくしは何も困っていませんし、むしろ当然のように部屋の中に入り込んでいるあなたを見て、己の正しさを噛みしめている所です」


 やはり亜人が奇妙な距離感を保って言葉だけシュナに投げかけてきていたのは、それを予期していたユディスが術を仕込んで接近を許さなかったためらしい。


 相変わらず、シュナを守るような事はしてくれているのだ。

 だが、どう考えても身体に巻き付けられている模様の描かれた布や着せられた服は、神官が用意した物としか思えない。


 彼女もまた何か亜人に弱みを握られて脅されているのかと思えば、そういう様子でもなさそうである。


(わたくしを捕まえたのはこの人……でも、閉じ込めているのはカルディ……それなのに、この人がわたくしに触ろうとするのはやめさせてくれている……?)


 ただでさえ頭が鈍い状態なのに、ますます状況がわからない。


 冷たくつれないユディスの態度に、亜人は彼女を小突こうとするかのような素振りをして、すげなくかわされていた。


「このご高尚サマサマ神官は本当に、もー♡ 全っ然愛してはいないけど、そういうとこ結構嫌いじゃないよ?」

「臣はあなたのそういう、予想を全く裏切らない下劣漢ぶりに反吐が出ます」

「仲良くしよーよー、じゃーん」


 何気なく漏らされた亜人の言葉に、シュナははっと目を見開く。

 ご先祖。腐れ縁。


(今……今何か、思い出せそうだった。何か……!)


「つくづく救えない男です」

「どうせ救済の対象に入れてないでしょー? おたくらのカミサマは全部は救わないもんね」


 シュナがもどかしく焦れったい思いを抱え、手がかりを頭の中で探している間にも、二人の会話は続いていく。


 それまで半ば聞き流すかのようだったカルディが、すっと冷ややかな眼差しを亜人に向けた。


「さすがに拘束を破るような愚までは犯しませんでしたが、貴方の行いは契約に抵触している。ふさわしい対価については後ほどお伝えしましょう」

「捕まえてきたら一発ヤッとくのは我々部族では嗜みですらあるんだけどねえ。でもまあ、せっかく縛ったのわざわざほどいて隙作って取り逃がすような事はしませんよ? 僕が笑えなくなるからねえ」

「ところでいつまで居座っているつもりですか?」

「え? だって僕を追い出しに来たんじゃないでしょ? その子をしに来たんでしょ? いいじゃん固いこと言うなって、ギャラリーがいるぐらいさぁ」


 ヘラヘラ笑う男に神官は実に不快そうな顔をしたが、ため息を吐いて彼を指差す。


「では、手を」

「何、ご褒美?」

「ええ。彼女を連れてきていただきましたから」

「わーい何がもらえるんだろー嬉しいなー楽しみだなー期待しちゃうなー」


 亜人は促され、はしゃぎながら右手を差し出した。

 ユディスも真顔のまま、握手するかのように手を差し出す。


 ガチャン。

 何か金属の音が静寂の中にこだました。


 うん? と首を傾げて右手を顔の前に亜人が持って行くと、手首の辺りに輪っかがはめられていて、そこから鎖が垂れ下がっている。


 いつの間にか出されていなかった方の亜人の手にユディスが指を向けると、鎖の先端のもう片方の輪が余った手首に飛びついてガチャンとまた金具の閉じる音を立てた。


 手鎖をじゃらじゃら面白そうに弄んだ後、亜人は爽やかな笑みを神官に向ける。


「ユディちゃーん、これなーにー? おニューのアクセサリ?」

「見ての通り拘束具ですよ」

「センセー、僕、束縛系女子は趣味じゃないでーす。ついでに言うと縛る方もそれほど執着してないでーす」

「聞いてません。そこから動かないように。終わったら解放してあげます」


 ぴしゃんとはねつけられると、男は首をすくめ、また壁にもたれかかった。


「下手に追い払って勝手なことされるより、制限をかけて視界の中に収めていた方がまだ安全。どうせ自分ぐらいしかまともに相手できないから他の懸念要素も入れない。堅実だねえ、枢機卿はいっつもさ」


 少々大げさな独り言を背中で聞き流して、神官はシュナに近づいてきた。は、と娘は息を呑む。せっかくようやくまとまりかけていた思いつきが保留になってしまったが、接近された以上そちらを無視するわけにもいかないだろう。


 先ほど亜人が空中で手を弾かれていたが、彼女は何の制限も受けることなく、少女の前まで歩いてきて膝をつく。


「何からどう、話したものでしょうね……ですが、謝罪と赦しを乞う立場ではないのでしょう。我々から貴女へも、また貴女から我々へも」


 神官は最初、どこか気まずそうに目をそらしたままそう始めた。

 けれど見上げてきちんと合わせれば、そこから迷いは消え、何か強い意思のみが残されている。


「余計なことを言う必要も、また時間も残されてはいない。単刀直入にお願い致します。女神の娘よ。ここでの生活を、今までの貴女を忘れ、我々と共に法国へお越し下さい」


 何を言われるのだろう、と思って聞いていれば、思いもよらない内容にきょとんとシュナは目を見張る。それからだんだんと、顔から血の気が失せていく。


(この人、わたくしの正体に気がついている! いつから? どうして? それに……今までの事を全部忘れて、法国に来い? どういうことなの?)


「ユディちゃーん、話が急すぎてついていけないってさー」

「全て説明している暇はないでしょう。臣も心苦しいが、ここで理解して決めていただくしかない」


 困惑するシュナの表情を読み取ってか、亜人が外野から野次を飛ばした。

 神官は淡々と返し、跪いたままシュナを見上げ続けている。


(わからない……ちっとも、わからない……見破られていたことは、まだ想像もできる。この方はいい目をお持ちだという話だったし、それなりの時間、一緒にいたこともあるもの。でも……どうして、わたくしが法国に行かなければならないの? 貴女たちの宗教では、わたくしは……迷宮は、いつか滅ぼされねばならないものだったのではないの?)


「申し訳ないが、貴女からの質問は受け付けられません。ただ、共においで頂くことに、肯定か否定をお示し下さい。臣の臆病と弱さを憎むとよろしい。ですが、それでも……臣は。わたくしは、やり遂げなければならない。百年前と同じ事を、起こしてはいけないのです」


 反抗はしていないが、再び電撃が走ったかのような衝撃に襲われた。


 ご先祖。腐れ縁。百年前。それでピースが揃った。思い出した。


 あの時も、。銀甲冑の男達は、



 ――

 ――迷宮の至宝の在処を知っているのは殿下だけ。ちゃんと聞き出してから殺したのでしょうね。



 悲鳴も、やはり口の中の金属に吸い込まれる。

 恐怖に見開かれた反応を見て、神官は静かに呟いた。


「やはり、思い通りには行きませんか。


 その淡々とした雰囲気は、どこか同情の色を含みながらもけしてシュナ達を見逃してくれようとしない断固とした態度は――気乗りしないが、と言いながら、馬を射殺し、父を刺殺した男に、確かにとてもよく似ていた。

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