亜人 至宝について語る
「――そもそも迷宮の至宝とは一体何なのか?」
「まあまあユディちゃん、口出してるだけだって。それ、結構時間かかるんでしょ? 黙々と回りで作業させられてたらさすがに待ってる方も退屈、つか怖いと思うよ? だからこの気まずい間を持たせてあげようという小粋な心遣いなわけ」
「つか、どうしても黙らせたかったらもう術使えばいいじゃん、術。ほら、それに話している間に彼女の気も変わるかもよ? 散々言ってたじゃん? 本当はやりたくないんでしょ? 同意さえ取れればこんなことせずに済むもんね?」
「――さて。それじゃお許しも出た。余興に一役買おうじゃないか。かわいそうに、当事者なのに一番なんでこんなことになってるのかもわからない人に向けて」
「だからそう、よーくお聞き。我々がいかにして、迷宮の至宝を知り、たどり着き、そして封印を決意するに至ったのか」
「諸説ある伝承をまとめてざっくり理解すれば、地下深くおわします孤高の我らが女神イシュリタスは、かつてただ一度だけ、人間の男に心を許したことがあったらしい」
「しばらく二人は仲睦まじく迷宮で暮らしていたが、やがて別れなければいけない理由ができた。男が地上を恋しがったとも、女神が所詮元人間と共に生きることは不可能だと悟ったとも言う」
「何にせよ、二度と会えない対価の代わりに、女神は男を地上へと戻した。自分たちの思い出の縁として、迷宮の至宝を授けて――」
「これは人と人ならざる存在のわかりやすい悲恋の物語でもあるけど、一方でほんの少し謎を残している。女神が男に渡した迷宮の至宝って、結局具体的には何だったのか?」
「他の宝器に比べると見た目だの特性だのが、あまりに雑多に唱えられすぎていてよくわからない。それは武器だと誰かが言った。それは聖杯だと誰かが言った。それは財宝だと誰かが言った。最強の矛。正義の盾。あるいは最弱の壊れ物――」
「それは鏡なのだと誰かが言った。望む人間によってその姿を変える。願望の現し身にして依代。だから人によって変わる。なるほど、ごもっとも。そういうことにしておいてくれると話もわかりやすい」
「――しかし、最も奇妙なことは。この宝器は一度も人間の前に姿を現していないはずなのに、存在を知られている。おとぎ話として語られ、それでも漠然と信じられ続けた」
「夢物語だ。なのに実在は疑いようもない。なんでだと思う? 別にそんなに難しいことじゃない。あまり表向きの伝承としては残ってないけど、色々調べていけば想像するのは難しくないよ」
「――百年前。帝国は、そして帝都の皇族は数多くの宝器を所有していた。その中の一つに、未来を見通す水晶玉なんてものがあった。……ああ、今はないよ? 大厄災の日に、粉々に砕かれたらしいから」
「つまらない種明かしだろう? どうして外の人間達は一度も見たことのない素晴らしい宝器の存在を知り得たのか? 見たんだよ。水晶玉のお告げがあった。だからこれが、迷宮の至宝伝説が今に至るまで残っている理由の一つ」
「そして、おそらく百年前に帝都が滅びなければいけなかった理由でもある」
「――迷宮の至宝の正体についての妄想的な考察に戻ろうか」
「ある男がいた。かつて顔の醜い痣がために地上から追放され、竜と深い友情を築いて迷宮を冒険し、そしてその果てに女神の愛を賜り、地上に戻った」
「愛し合った――うん、まあ、昔話とは言え、ド直球にそのまま言ってるじゃんね? だから、つまり、そういうこと。子供だよ。迷宮の至宝って、女神が生んだ赤ん坊のことでしかないでしょ?」
「だってさあ。今までずーっと大人しく、地下深くに引っ込んで、やってくる人間達のお願い事を対価とやらを考慮しながら叶えて……そういうことをしてきた奴がさ。なんで百年前、全部まるごと、ひっくり返して暴れ回らなきゃいけなかったのか?」
「よっぽどのことがあったとしか思えない。じゃあその、よっぽどのことって? 唯一愛した人間が殺されたから。まあ、そりゃそうかもしれない」
「だけどそれも、女神様が予測できなかったとは思えないんだよね。だってそうじゃない? 人間達がたくさんいて、自分がいない外の世界。女神が男を守る手段はない。普通に考えればさあ、追い出す方が悪手なんだよ。それをあの神様が理解できないはずがない」
「そもそも男が地上に戻りたかったから戻しました、なんてのも僕からするとちょっと不可解だ。基本的にね、迷宮って入ったら戻れないんだよ。だから男を出すってだけでも結構既に禁忌指定行為なわけ。理由として、浅すぎる。ただ願われたから、だなんて」
「――だとしたら。きっと男を叩き出すことは、それが最善策だった。あるいは最悪の中で、選べるなら最もマシに思える手だったんだ」
「どういうこと? こういうこと。女神が昔人間達に与えた宝器の一つが、不幸にも人間達に迷宮の至宝――女神の娘の存在を告げてしまった。そしてそれは、彼らにとって金の卵を産む鶏だった」
「女神が滅ぼすまでもなく、当時の帝都はガタガタ、風前の灯火だったって記録もある。なんかすごかったらしいね、災害が起こりまくって病気が流行りまくって、各地で小競り合いが絶えなくて」
「――でも。それも全部、至宝を手にすれば解決する。ま、そんな感じの事を考えたんじゃない? 百年前の人達は」
「それにこの赤ん坊は、たとえただの人間だったとしても価値があった。だって伝承が正しければ、父親の出自は旧ソラブシリカ帝国の超々正統な皇族なんだから。血統主義の王侯貴族には垂涎だ」
「皇族は当然自分の所に戻したかったろうし、聞きつけた周りの人間はこぞってこう思っただろう」
「その子と結婚すれば、あるいは子供を産ませることができれば――皇帝になれる。たとえどんな馬の骨でも」
「その上――後で逆説的に証明されることではあるけど。女神の子供は、ただ一つ、決定的に母親と違うところがある。迷宮から出られるんだ。迷宮で生まれたのに。これがどんな意味を持つか、君に理解できるかい?」
「迷宮には迷宮のルールが存在する。迷宮の至宝とは宝器の一つを意味するらしい。ということは、迷宮内にいる限り、至宝は――たとえ女神の娘だろうが、古からのルールに則って、いずれ誰かの
「いつか最深部まで至る冒険者がやってきたら、女神はその対価に報いて願いを叶えなければいけない。娘を差し出せと言われたら、彼女は必ず応じなければいけない。たとえ外の世界でその子がどんな扱いを受けるか、わかりきっていたとしても、だ」
「――だから。女神は至宝を逃がした。唯一頼りにできる父親に任せて、自分から引き剥がした。そうしなければ、たとえどんなに堅牢に守り抜いたとて、手順を守って願いに来た人間には逆らえない」
「母親と離れる――子供にはそれが可能だった」
「何人たりともそこで生まれた生き物は呪縛から逃れることあたわず、女神とて例外ではない。箱庭の檻は内側の鳥に言う。お前には何もない。外の世界は存在しない。それが迷宮生まれの絶対の宿命だったはずだよね」
「だけど。至宝は、迷宮で生まれた生物でありながら、外に出ることができる」
「――それにね? 生物ならば迷宮から出られないが、宝器は迷宮の外に持ち出せる。そこで力を使うことができる」
「ゆえに、だからこそ、それは迷宮の至宝と称される。すべての宝器の頂点に君臨する、最弱にして最強の兵器」
「――と、いうことは。総合するとね?」
「この百年前に連れ出された恐るべき赤ん坊は、迷宮の外でも、迷宮の中の力を使うことができるんだよ」
「そういうもの、なんて言うか知ってる? ジョーカー。あるいはルールブレイカー。誰だってほしくなる」
「そして、これは僕の推測なんだけど。だったら百年前に帝都を壊滅させたのってさ?」
「――通説通り、女神が怒ったのかもしれない。愛する人を奪われ、せっかく隠していた子供を連れて行かれそうになって、必死だったのかもしれない」
「でもね? あの神様はどんなに人間を超えていても、その本質は奉仕種族なんだ。実行犯なんだとしても、行為を許容する相手が存在しなければ動かない。たとえ本人がどれほど怒り狂ったところで、起動の呪文がなければ地上には出てこられない」
「じゃあさ。誰が
「……君だよね。だから、」
「百年前、帝都は壊滅し、すごくたくさん人が死に、不幸になった。それってさ、」
「全部、全部、ぜーんぶ」
「君のせいだよね? 可愛いお顔の殺人兵器ちゃん」
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